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行政現場の課題から始める生成AI活用

Hirokazu Suzuki
April 09, 2025
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 行政現場の課題から始める生成AI活用

Hirokazu Suzuki

April 09, 2025
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  1. Copyright 2025 PolicyGarage 今日のお話 ◼ 行政での生成AIの活用は技術からではなく、行政現場の課題・目的から始める • 現場で実際に起きている手間や判断のプロセスを言語化することが、活用設計の出発点になる。 • ただ、どれほど優れたドメイン知識があっても、適切な技術がなければ解決できない。

    ◼ 行政と技術をつなぐ翻訳者の存在がプロダクトの成否を左右する • 行政と技術は言語も思想も異なる。両者を橋渡しできる人材こそが、信頼され、使われるプロダク トを実現する鍵に。 • 学習・試行の時間と環境を組織として意識的に確保することが第一歩。 ◼ 実装・運用できる内製力が戦略になる • 技術や制度の変化にキャッチアップし、継続的に改善を重ねるには、試行と運用の両方に耐えうる 内製チームと開発環境の整備が不可欠。 • ただ、本格的な運用チームを恒常的に抱えるのは難しい現実もあり、委託先との協働を前提に、仕 様策定や改善の起点を担える体制をつくることが戦略となる。 3
  2. Copyright 2025 PolicyGarage Lawsyの概要 6 ◼ Lawsy=Law+Easy • 法令に詳しくない人でも簡単に法令の論点を調査できる法令特化型Deep Researchツール。

    • 法令情報を政策・判例・国会等の関連情報と統合しつつ、情報収集・整理・解説を容易にし、法令 調査業務を効率化。 ◼ 価値・新規性 • 専門家に依存せずとも適切な法令の情報収集・整理・解説が可能に。 • 一般的なDeep Researchよりも速く、高い精度での分量のあるレポートを生成する点で革新的!
  3. Copyright 2025 PolicyGarage 最優秀賞受賞! ◼ 審査員コメント • 大量の法律等、多数の文章がある中で、それらをまとめてレポートにする必要があるという世の中 のニーズを解決する便利なツール。 •

    法制執務等における、信頼できるソースをより深く調べたいというニーズを捉えており、様々な課 題を解決できそう。実際に使ってみたがクオリティの高い結果が得られた。 • 既にオープンソース化されていることも高評価。今後カスタマイズされていくことにも期待。 10
  4. Copyright 2025 PolicyGarage 技術構成 12 ◼ RAGをベースにLLMのワークフローを重ねていく • Retrieval Augmented

    Generation。LLMに検索・取得技術を統合したもの。回答を生成する際に、 外部のデータベースから関連する情報を取得(Retrieval)し、この情報を基に回答を生成 (Generation)。 外部情報 検索 質問 LLM 回答 取得
  5. Copyright 2025 PolicyGarage ワークフロー 13 ◼ クエリ→ウェブ検索→クエリ拡張→法令検索→情報整理→アウトライン生成→レポート生成 クエリ (質問) Web検索

    (フリー) Web検索 (ドメイン指定) クエリ拡張 クエリ拡張 クエリ拡張 法令検索 法令検索 法令検索 情報整理 (リランク) アウトライン 生成 レポート 生成 LLM LLM LLM LLM
  6. Copyright 2025 PolicyGarage 課題の洗い出し 15 ◼ 利用者起点での課題把握から開始 • 国家公務員、地方公務員、弁護士、大企業、ベンチャー企業、政治家など法令業務に関連する方に ヒアリングを実施。

    • 法令調査=情報収集・整理に手間・時間・コストがかかるという共通課題。 利用者 課題の概要 公務員 法令・条例改正では法令の適用範囲や関係性の調査が大変。また、一般的な政策立案時にも法令調査が必 要だが、調査作業が大変。 弁護士 法令調査の際、読むべきドキュメント(法令、解説本、判例等)が多く、整理するのが大変。 企業 新規事業の企画時に、どの法令が関係するか調査するのに時間とコストがかかる。専門家に依頼するのも 一苦労。 政治家 市民からの要望に対し、どの法令・条例が障壁になっているかの特定・対応可否を即座に判断できない。
  7. Copyright 2025 PolicyGarage 先行事例研究 16 ◼ 差別化に向けて • 既にPerplexityやFeloなど、LLMを活用した高度なリサーチツールが存在。差別化を図るためにも、 まずは既存のプロダクトを徹底的に試し、Lawsyに必要な機能を明確にしていくことに。

    • 特に参考にしたのが、スタンフォード大学が開発したSTORM。Wikipedia風の記事を自動生成する LLMベースのシステムで、質の高いレポートを生成できる点が特徴。コードも全て公開。
  8. Copyright 2025 PolicyGarage プロトタイピングとイテレーション 17 ◼ プロダクトの方向性の決定 • 簡単なRAGのプロトタイプを実装し、試してみることで、技術的に到達可能な水準を明確化。 •

    ペルソナを「法令の専門家ではない人」に絞り、プロダクトの方向性を「専門家に依存せずとも、 適切な法令やその周辺の情報収集・整理・解説を可能にすることで、法令調査業務の効率化させ る」ことに決定。 ◼ その後もイテレーションを何回も何回も繰り返し、プロダクトを改善 実装 レビュー 改善・反復 プロトタ イプ 何回も繰り返す
  9. Copyright 2025 PolicyGarage ワークフローの構築過程 19 ◼ クエリ拡張を追加 → 長いレポートを生成できない クエリ

    (質問) クエリ拡張 クエリ拡張 クエリ拡張 法令検索 法令検索 法令検索 情報整理 (リランク) レポート 生成
  10. Copyright 2025 PolicyGarage ワークフローの構築過程 20 ◼ アウトライン生成を追加 → 最新の情報が反映できない クエリ

    (質問) クエリ拡張 クエリ拡張 クエリ拡張 法令検索 法令検索 法令検索 情報整理 (リランク) アウトライン 生成 レポート 生成
  11. Copyright 2025 PolicyGarage ワークフローの構築過程 21 ◼ Web検索を追加 → 信頼度の低い情報が多く抽出される クエリ

    (質問) Web検索 (フリー) クエリ拡張 クエリ拡張 クエリ拡張 法令検索 法令検索 法令検索 情報整理 (リランク) アウトライン 生成 レポート 生成
  12. Copyright 2025 PolicyGarage ワークフローの構築過程 22 ◼ ドメイン指定のWeb検索を追加。go.jp等の信頼あるドメインからの情報を厚めに ◼ 検索対象を法令データ+信頼性の高いWeb情報に絞ることで、より素早く精度の高い検索体験を提供 クエリ

    (質問) Web検索 (フリー) Web検索 (ドメイン指定) クエリ拡張 クエリ拡張 クエリ拡張 法令検索 法令検索 法令検索 情報整理 (リランク) アウトライン 生成 レポート 生成
  13. Copyright 2025 PolicyGarage UI・UXでの工夫 23 ◼ デザインの最適化 • 長文のレポートを快適に読めるよう、デジタ ル庁のデザインシステムを実装。

    ChatGPTを 駆使してコードに落とし込んでいく。 ◼ マインドマップで全体を把握しやすく • レポートが長く全体像を把握しづらいという 問題を解決するため、冒頭にマインドマップ を設置。 ◼ 引用情報の即時表示 • すぐに出典が確認できるよう、ツールチップ を埋め込み。
  14. Copyright 2025 PolicyGarage 利用者たる行政現場の課題を大事にする 25 ◼ 課題現場の特定 • ターゲットを「法令の専門家」から「法令に詳しくない一般職員・民間企業の担当者・政治家」に 変更→自分自身が課題現場の当事者に。

    ◼ 課題・目的 ≧ 技術 • 技術的に何ができるかより、現場の課題をどのように解決できるかを重視。 • 技術優先の開発は「現場で使えないプロダクト」になりがち。 • なお、どれほど優れたドメイン知識があっても、適切な技術がなければ解決できない。 ◼ 適切なレビュワーの選定 • 「現場で本当に使えるプロダクトか?」を常に検証し続けるため、プロトタイプとイテレーション を繰り返す際に、必ず現場職員がレビュー。 • ただ、私自身もコーディングをしてプロトタイプを作るなどし、極力技術的に不可能でないことは 投げないようにも心掛ける。
  15. Copyright 2025 PolicyGarage 行政と技術の橋渡し人材 26 ◼ 「課題の正体」と「解決の手段」が、お互いの領域をまたいだところにしか存在しない ◼ 行政と技術のコミュニケーションが不可欠だが、両者は言語も思想も異なる。行政と技術を橋渡しす る人材・機能が重要

    行政の視点 技術の視点 解決策 e-Govの法令だけでは足りない。ガイ ドラインや判例も必要 ガイドラインは分散、判例は量が膨 大で検索用のベクトルを準備するコ ストが高い ドメイン指定検索(go.jpなど)を導 入し、ベクトル化せずともガイドラ インや判例の検索に対応、行政文化 に即した安心を担保 行政ではgo.jpなど信頼できる出典で ないと使えない noteなどの情報も有用では e-GovのXMLがあるのでベクトルデー タベースを作るのは簡単では 条文単位では文脈が失われ、ベクト ル検索では精度が落ちる 法令名+条文という構造でチャンク 化。文脈を失わない最小限のまとま りを単位にして検索精度を向上 行政ではざっくりした問いから調査 するのが普通 抽象的なクエリでは検索対象が特定 できず、処理が難しい クエリを行政用語・法令用語に変換 する仕組みを追加し、検索精度を補 完
  16. Copyright 2025 PolicyGarage 行政ドメインの知識によるプロダクト改善 27 ◼ ドメイン検索の導入 • 行政特有の信頼性が高い政府系サイト(go.jpなど)を指定検索 •

    検索結果の精度・信頼性が向上し、処理時間も大幅短縮(数分→約1分) ◼ 法令用語・行政専門用語へのクエリ展開 • 一般的な表現を、行政実務で使われる専門用語や表現に変換 • 法令データベース検索にヒットしない問題を回避し、検索精度を大幅に向上 ◼ 法令データの構造を考慮したチャンク化 • 実務上の参照単位に合わせて、条文を文脈を保ったかたちで再構成 • 全文・単文の両極ではなく、行政の利用シーンに最適なサイズで検索精度と効率を両立 ◼ 引用元の即時確認機能(ツールチップの導入) • 行政文書では「出典にあたる」ことが重要で、原典確認の手間を減らす設計が求められる
  17. Copyright 2025 PolicyGarage 行政と技術の橋渡し人材のイメージ 28 企画立案部門 (本省・本庁) 執行部門 (現場) 制度運用・実装支援部門

    (地方支分部局・本庁) エンジニア サポート データアナリスト データサイエンティスト 橋渡し人材 デザイナー 民間より断絶が大きい 技術サイド 行政サイド (ビジネスサイド)
  18. Copyright 2025 PolicyGarage 行政と技術の橋渡し人材のイメージ 29 企画立案部門 (本省・本庁) 執行部門 (現場) 制度運用・実装支援部門

    (地方支分部局・本庁) エンジニア サポート データアナリスト データサイエンティスト 技術サイドの 翻訳者 行政サイドの 翻訳者 橋渡し人材 デザイナー 技術サイド 行政サイド (ビジネスサイド)
  19. Copyright 2025 PolicyGarage 行政と技術の橋渡し人材のイメージ 30 企画立案部門 (本省・本庁) 執行部門 (現場) 制度運用・実装支援部門

    (地方支分部局・本庁) エンジニア サポート データアナリスト データサイエンティスト 技術サイドの 翻訳者 行政サイドの 翻訳者 デザイナー 左右のロールは二律背反ではなく、重ねていくことも可能 技術サイド 行政サイド (ビジネスサイド)
  20. Copyright 2025 PolicyGarage 行政と技術の橋渡し人材のイメージ 31 企画立案部門 (本省・本庁) 執行部門 (現場) 制度運用・実装支援部門

    (地方支分部局・本庁) エンジニア サポート データアナリスト データサイエンティスト 技術サイドの 翻訳者 行政サイドの 翻訳者 デザイナー 左右のロールは二律背反ではなく、重ねていくことも可能 技術サイド 行政サイド (ビジネスサイド)
  21. Copyright 2025 PolicyGarage 現場から始める生成AI活用の一歩 33 ◼ 課題・目的の言語化 • 何が手間で、どこに時間がかかっているのかを現場の言葉で記録。 •

    業務フローを細分化し、技術で支援可能なポイントを見極める。 • 課題の構造を把握するだけでなく、技術的な実現可能性も確かめる必要。 ◼ 小さなプロトタイプから始める • 初期段階では完璧を目指さず、試行錯誤を繰り返す前提で進める。 • プロダクト改善のみならず、整備すべきデータや対処すべきルールなども見えてくる。 • ある程度のタイミングで実装に移行。委託を含め、運用可能な仕組みを意識。 ◼ 人材育成と環境整備 • 技術と行政の双方の言語を理解できる人材がチームに一人いるだけで前進しやすくなる。 • 学習・試行の時間と環境を組織として意識的に確保することが第一歩。
  22. Copyright 2025 PolicyGarage 行政でのDX・AI戦略に向けた示唆 34 ◼ 業務起点の技術活用を標準に • 生成AIの活用は技術起点ではなく、現場で起きている課題・目的の言語化から始まる。 •

    特に行政では、制度・慣習・経緯などが複雑に絡み合っていることが多く、課題の背景まで丁寧に 掘り下げる必要。 • 業務フローや判断プロセスに沿っていなければ導入しても使われない。ただ、技術実装とセットで 初めて解決に至る。 ◼ 制約を要件に昇華する • 行政特有の制約をDX・AI設計上の要件と捉えることで、信頼され、使われるプロダクトに近づく。 • あわせて、機械判読性や品質確保を意識したデータ整備・管理のルール化も不可欠。必要なコスト はかけていく。
  23. Copyright 2025 PolicyGarage 行政でのDX・AI戦略に向けた示唆 35 ◼ 組織としてのデータガバナンス • どのデータを、誰が、どの目的で管理・利活用しているのかを組織として把握し続ける体制=デー タガバナンスも不可欠。

    ◼ 実装力のあるチームこそが戦略になる • PoC(実証)からPoU(実用)へ進むには、現場に手を動かせる小さな内製チームが必要。 • 技術や制度の変化にキャッチアップし、継続的に改善を重ねるには、試行と運用の両方に耐えうる チームと開発環境の整備が不可欠(本格的な運用チームを恒常的に抱えるのは難しい現実もあり、 委託先と協働しながらプロダクトを成熟させていけるような体制も必要)。 • 実装を通じた試行錯誤のプロセスが、将来の説明責任や継続改善を支える資産になる。
  24. Copyright 2025 PolicyGarage 参考文献 ◼ 行政と技術の融合を目指して—法令Deep ResearchツールLawsyの開発記録(私の執筆記事) ◼ 法令 Deep

    Research ツール Lawsy を OSS として公開しました(参加メンバーの執筆記事) ◼ LawsyのGitHubページ ◼ 第三弾:「法令」×「デジタル」ハッカソンを開催しました(デジタル庁の記事) 39