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幼少期の自然体験が理科学習への態度に及ぼす影響

 幼少期の自然体験が理科学習への態度に及ぼす影響

日本科学教育学会
2021年度第3回研究会(北陸甲信越支部開催)
2022年3月6日
@オンライン開催

Daiki Nakamura

March 06, 2022
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Transcript

  1. 幼少期の自然体験の重要性 2 ⚫ 幼少期の自然体験の効果(Evans et al、 2007; Kuo、 Barnes、 &

    Jprdan、 2019; Weeland、 2019; Wells & Lekies、 2006) • メンタルヘルスの改善 • 将来的な学業達成 • 自己調整能力 • 動機づけ • 環境保護意識 ⚫ 高橋・高橋(2010) 幼少期の自然体験は幅広い年代で自然科学への関心と正の相関を持つ ⚫ 幼稚園教育要領(文部科学省、2017) 「自然と触れ合う中で様々な事象に興味や関心をもつ」 ⚫ 保育所保育指針(厚生労働省、2017) 「自然に触れて感動する体験を通して、自然の変化などを感じ取り~」
  2. 先行研究の課題 3 ⚫ 研究デザインの問題 多くの研究が観察研究のデザインを採用 → 因果効果を検討する上での重大な問題 ⚫ 観察研究の仮想事例 幼少期に自然体験をどの程度行ったかという介入Tが、

    小学校4年時の理科学習への態度Yに与える影響を検討。 ※ 観察研究であるため、介入Tは研究者が意図的に割り当て たものではなく、自然に生起したもの。 家庭環境といった共変量Xが、自然体験を行わせるかと いう介入Tと理科学習への態度Yの両方に影響している ため、群間で結果Yを比較することは誤った因果推論に なる。 → 交絡の問題 共変量X 介入T 結果Y 保護者の社会経済的状況、 教育観、子供への働きかけ、 子供の性別、周辺環境など *小4時の理科学習への態度 1=自然体験多い(処置群) 0=自然体験少ない(統制群)
  3. 交絡の問題と対処法 4 ⚫ 交絡の問題 家庭環境の高い家庭の子供は自然体験を行う機会を多く 得られると同時に、理科学習への態度を向上させる教育 投資も多く受ける。 →自然体験を多く行う処置群は初めから理科学習への態 度が潜在的に高い集団になっている 共変量X

    介入T 結果Y 保護者の社会経済的状況、 教育観、子供への働きかけ、 子供の性別、周辺環境など *小4時の理科学習への態度 1=自然体験多い(処置群) 0=自然体験少ない(統制群) ⚫ 問題への対処法 A. 調査対象者をランダムに介入に割り付けるランダム化比較試験 群間で共変量Xが同程度になることから、適切な因果推論が可能になる → 倫理的に無理 B. 傾向スコアを用いたマッチング 共変量が同程度の子供を選んで比較する → 実施可能(自然実験) nobelprize.org
  4. 傾向スコアを用いた統計的因果推論(概要) 5 ⚫ 傾向スコア(propensity score) 傾向スコアとは、共変量Xが与えられたときに、個人が処置群に割り付けられる確率 →対象者の様々な背景情報に基づき、処置群になる確率を算出したもの ⚫ マッチング 傾向スコアが同程度の対象者を群間で比較することで、

    介入Tが結果Yに与える因果効果を推定する 例)処置群のAさん(ps=0.6)⇔ 統制群のBさん(ps=0.6) 本研究では傾向スコアを用いた因果推論によって、 幼少期の自然体験が将来的な理科学習への態度に 及ぼす影響を明らかにすることを目指す 共変量X 介入T 結果Y 保護者の社会経済的状況、 教育観、子供への働きかけ、 子供の性別、周辺環境など *小4時の理科学習への態度 1=自然体験多い(処置群) 0=自然体験少ない(統制群)
  5. 研究の方法:使用データ 6 ⚫ 「子どもの生活と学びに関する親子調査」 • 東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所が2015年より 毎年実施している縦断調査 • 対象は、全国の小学1年生から高校3年生の子供とその保護者 •

    母集団(日本の子供)に対する代表性が担保されている ⚫ 今回の使用データ • 本研究では、初年度(wave1)に小学1年生だった集団に注目し、 2015年の wave1 における保護者回答データと 2018年の wave4 における本人(4年生)回答データ を分析に使用する(N use = 958)
  6. 各変数の測定法:介入変数 7 ⚫ 単発的な自然体験(T 1 ) 「この1年くらいの間に、お子様は次のようなことを経験しましたか: 3. 自然の中で思いっきり遊ぶ」 YES

    → 処置群(T 1 =1) NO → 統制群(T 1 =0) ⚫ 日常的に習慣化された自然体験(T 2 ) 「(お子様は)自然のあるところ(海や山、川、森など)で遊ぶこと がどのくらいありますか」(4件法) よく遊ぶ・ときどき遊ぶ → 処置群(T 2 =1) あまり遊ばない・まったく遊ばない → 統制群(T 2 =0) 共変量X 介入T 結果Y 保護者の社会経済的状況、 教育観、子供への働きかけ、 子供の性別、周辺環境など *小4時の理科学習への態度 1=自然体験多い(処置群) 0=自然体験少ない(統制群) 単発\日常 T 2 = 1 T 2 = 0 行合計 T 1 = 1 305 450 755 T 1 = 0 11 192 203 列合計 316 642 958
  7. 各変数の測定法:共変量 8 ⚫ 共変量X 介入変数Tと結果変数Yに影響する可能性のある共変量Xとして、 先行研究を参考に、以下の9項目を用いた。 種別 項目(wave1) 属性 1.

    子どもの性別 SES 2. 父母の最終学歴 3. 世帯収入 4. 家庭の教育費 教育観 (4件法) 5. 子どもがやりたいことを応援する 6. 子どもが疑問に思ったことに答える 7. 子どもが自分の考えを持つように促す 8. 子どもには今のうちに色々な体験をさせたい 環境 9. 公園や広場が周辺にあるか 共変量X 介入T 結果Y 保護者の社会経済的状況、 教育観、子供への働きかけ、 子供の性別、周辺環境など *小4時の理科学習への態度 1=自然体験多い(処置群) 0=自然体験少ない(統制群) → 傾向スコアの算出に使用
  8. 各変数の測定法:結果変数 9 ⚫ 結果変数Y • wave4における「あなたは、次の教科や時間がどれくらい好き ですか:理科」という質問項目(本人回答)を使用 • 4件法の回答データを1~4点に変換して分析に使用 •

    対象者全体の項目平均は3.29、標準偏差は0.79 共変量X 介入T 結果Y 保護者の社会経済的状況、 教育観、子供への働きかけ、 子供の性別、周辺環境など *小4時の理科学習への態度 1=自然体験多い(処置群) 0=自然体験少ない(統制群)
  9. 分析方法 10 ⚫ 傾向スコアの算出:ロジスティック回帰分析 𝑝𝑠 = 1 1+exp[− 𝛽0+𝛽1𝑋1+𝛽2𝑋2+⋯+𝛽𝑖𝑋𝑖 ]

    → 複数の共変量を単一の傾向スコアに縮約。処置群に割り付けられる確率。 ⚫ 傾向スコアマッチング(PSM) 処置群における各対象者と傾向スコアが近い対象者を対照群から順番に抽出し、 傾向スコアが近い対象者組の結果変数Yを群間で比較する ➢ 処置群における平均処置効果(ATT):処置群なる集団における効果 ⚫ 逆確率重み付け法(IPW) 各群のサンプルに傾向スコアの逆数を乗じ、データの重み付け平均を比較する ➢ 平均処置効果(ATE):母集団における効果
  10. バランシングの評価 11 ⚫ 傾向スコアによるバランシングの評価 共変量の分布が処置群と統制群で等しくなっているか検討する ◆ 逆確率重み付け前後(介入T 1 ) 周囲の公園

    体験させる 考えを促す 疑問に答える 応援する 教育費 世帯収入 父母の最終学歴 子供の性別 傾向スコア -0.25 0.00 0.25 0.50 標準化平均値差 d サンプル 調整前 調整後 0.10 -0.10 ※実際には、 介入T 1 の PSM, IPW 介入T 2 の PSM, IPW の4通りのバランシングを全て確認した。 共変量X 介入T 結果Y 保護者の社会経済的状況、 教育観、子供への働きかけ、 子供の性別、周辺環境など *小4時の理科学習への態度 1=自然体験多い(処置群) 0=自然体験少ない(統制群)
  11. 結果 12 ⚫ 傾向スコアによる調整後の回帰分析の結果 結果Y = 𝛽0 + 𝛽1 介入𝑇𝑖

    介入 方法 係数 𝛽1 SE p値 T 1 単発的な 体験 単回帰 0.095 0.063 .128 ATT 0.115 0.068 .093 ATE 0.031 0.051 .545 T 2 日常的な 体験 単回帰 0.228 0.054 <.001 ATT 0.187 0.069 <.01 ATE 0.221 0.049 <.001 単回帰:調整前の誤った推定値 ATT :処置群になる集団における効果 ATE :母集団における効果 • 介入T 1 の因果効果は有意ではなかったが、介入 T 2 の因果効果は有意であった • 母集団において、日常的な自然体験を経験する と(T 2 )、理科学習への態度が平均的に0.221 高くなると解釈できる(ATE) • 処置群に限定しても、日常的な自然体験は理科 学習への好意的な態度を0.187向上させると解 釈できる(ATT) • 介入T 2 においてATTとATEの値の差が小さかっ たことから、日常的な自然体験の効果は、母集 団全体で同様だと解釈できる • これらの結果から、単発的な自然体験の将来的 な効果は期待できないが、習慣化された日常的 な自然体験は将来の理科学習への態度を向上さ せると考えられる • T 1 においてATTとATEの値が異なることは、単 発的な自然体験の効果が集団によって異なるこ とを示唆している
  12. まとめ 13 • 本研究では傾向スコアを用いた因果推論の技法に着目し、観察研究のデータか ら幼少期の自然体験が持つ因果効果を推定することを目指した。 • ベネッセの公開データを用いて、小学校1年生までの自然体験が小学校4年時の 理科学習への態度に及ぼす因果効果を検討した。 • 分析の結果、単発的な幼少期の自然体験の効果は認められない一方で、日常的

    に習慣化された幼少期の自然体験は、小学校4年時の理科学習への好意的な態度 を向上させることが示された。 • ただし、傾向スコアを用いた分析では、介入の割り付けに影響を与える共変量 をすべてモデルに含める必要があり、割り付けへの影響が強い重要な共変量を モデルに含めなかった場合、因果効果の推定値にはバイアスが生じる可能性が ある(研究の限界)
  13. 参考・引用文献 14 • Evans, G. W., Brauchle, G., Haq, A.,

    Stecker, R., Wong, K., & Shapiro, E. (2007) : Young children's environmental attitudes and behaviors. Environment and behavior, 39(5), 635–658. • 浜銀総合研究所(2021):令和2年度文部科学省委託調査 青少年の体験活動に関する調査研究 報告書. • 星野匡郎,田中久稔.(2016):R による実証分析 回帰分析から因果分析へ,オーム社.. • 星野崇宏(2009):調査観察データの統計科学 因果推論・選択バイアス・データ融合,岩波書店. • 岩崎学(2015):統計的因果推論,朝倉書店. • 木村治生(2020):「子どもの生活と学び」研究プロジェクトについて,東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所 (編)子どもの学びと成長を追う:2万組の親子パネル調査から(pp. 3–26),勁草書房. • 厚生労働省(2017):保育所保育指針. • Kuo, M., Barnes, M., & Jordan, C. (2019) : Do experiences with nature promote learning? Converging evidence of a cause-and-effect relationship. Frontiers in psychology, 10, 305. • 文部科学省(2017):幼稚園教育要領. • Rosenbaum, P. R., & Rubin, D. B. (1983) : The central role of the propensity score in observational studies for causal effects. Biometrika, 70(1), 41–55. • 高橋将宜(2022):統計的因果推論の理論と実装,共立出版. • 高橋多美子,高橋敏之(2010):幼少期における自然体験と自然科学への関心・自然に対する心情との関連性,理科教育学研究, 50(3),117–125. • Weeland, J., Moens, M. A., Beute, F., Assink, M., Staaks, J. P., & Overbeek, G. (2019) : A dose of nature: Two three- level meta-analyses of the beneficial effects of exposure to nature on children's self-regulation. Journal of Environmental Psychology, 65, 101326. • Wells, N. M., & Lekies, K. S. (2006) : Nature and the life course: Pathways from childhood nature experiences to adult environmentalism. Children Youth and Environments, 16(1), 1–24.
  14. バランシングの評価 15 ◆ 傾向スコアマッチング前後(介入T 1 ) ◆ 傾向スコアマッチング前後(介入T 2 )

    ◆ 逆確率重み付け前後(介入T 1 ) ◆ 逆確率重み付け前後(介入T 2 )