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VTuberの記号論―コミュニケーションの指標的分析をめぐって―

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May 13, 2025
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 VTuberの記号論―コミュニケーションの指標的分析をめぐって―

日本記号学会内の研究会「情報技術とプラグマティズム研究会」の公開セッションでの発表スライド。ギデンズの再帰的自己構築論における埋め込みと脱埋め込みの概念から出発して、VTuberの自己構築プロセスを、指標による投錨と指標資源の登記の観点から整理。その上でVTuberの宝鐘マリンの分析を行っている。

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May 13, 2025
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Transcript

  1. 2-2. 再帰的プロジェクトとしての「自己」: 「ライフヒストリー」というナラティブ 自己の「再帰的プロジェクト (reflexive project of the self)」 •

    自己は、社会から与えられる情報を絶えず吟味し、自己のあり方を問い直し 、選択・再構築していく対象。 「特定のナラティブを進行させる能力」としての自己 (ギデンズ2021: 93) 「ライフヒストリー (life history / biographical narrative)」 • 再帰的な自己の連続性と一貫性を保つためのが「物語(ナラティブ)」 • 過去の経験を意味づけ、未来の展望を織り込む • 伝統的には、「唯一の身体」に根ざした、単一で連続的な物語として想定。
  2. 2-3. オンライン化とライフヒストリーモデルの変容 二重の脱埋め込みを経由して 非連続的なコミュニケーション場への再埋め込み インターネット上の匿名空間 • 匿名性=連続的なライフヒストリーからの解放(脱埋め込み) • 「唯一の身体性」からの解放(脱埋め込み) Cf,

    タークル(1998) ライフヒストリーの多元化 • 単一性・連続性という前提の動揺 • 固定的な自己からの解放とアイデンティティの断片化・多元化 • アバターによる自己の拡張/代替
  3. 2-4. VTuberとバーチャルライフヒストリー 「バーチャルライフヒストリー」(造語): 唯一の身体性に根差したライフヒストリーの連続性から切り離され、バーチャル空間で の持続的なナラティブを通して維持・展開されるライフヒストリー VTuberのバーチャルライフヒストリー • 公式のキャラクター設定 • 配信を通して蓄積・更新されるエピソード

    • ファンとの相互作用のなかで作り出される物語 • コラボやメディアミックス展開 などなど これらの要素すべてを再帰的に取り込んでいく持続的 ナラティブを通して動的に構築・維持・調整されていくも のとしてのVTuberの自己=バーチャルライフヒストリー
  4. 2-5. 再埋め込みの高い自由度 再埋め込みの際の自由度が高い (「アイデンティティのコスプレ」(バーチャル美少女ねむ 2022)) • 身体的特徴(年齢、性別、体型、髪や目の色など) • 外見(服装、アクセサリーなど) •

    性格・属性(自由な性格付け、人間以外の属性も) • 物語性(任意のバックストーリー、設定、) • 言葉遣い(日常言語では使わないような語彙、フレーズ、語尾などのスタイル) ただし配信のリアルタイム性により、しゃべり方、癖、反応パターン、 反射神経など、完全な制御が難しい部分も生まれる ☞構造的に「素」が漏れやすい
  5. 社会指標的投錨の例 カテゴリー 具体例(日本語の場合) 指標する社会的次元・ニュアンス モダリティ/語尾形式 終助詞「〜ね/〜よ/〜わ」「〜ぜ/〜さ」など 親密度・ジェンダー・世代感・カジュアル /フォーマル 人称形の選択 1人称「私/僕/俺」、2人称「あなた/おまえ/君」

    ジェンダー・上下関係・親疎 スタイル化された語彙セット 若者語(エモい、ガチ)/ビジネス敬語(ご査収ください) 年齢層・職業領域・サブカル文化 コード選択・コードスイッチ 日本語 英語の切替え、在日コリアンの混合使用など エスニシティ・教育歴・国際志向 音声変異・プロソディ ピッチの高さ、語頭無声化、語末伸ばし ジェンダー・地域・感情スタンス スクリプト・表記法 全角カナ語/ひらがな多用/絵文字・顔文字 オンライン文化・親密度・ジェンダー 呼称・敬称のレパートリー 先生/さん/ちゃん/殿/社長 など 職階・親疎・儀礼度 談話標識・フィラー 「ていうか」「まあ」「あの〜」 カジュアル度・世代・スタンス ジャンル化したレジスター アニメファン語、ビジネスメール文体、YouTuber口上 コミュニティ所属・役割定位 社会指標を使うことで特定のポジションに投錨する
  6. 3-2. アイデンティティ構築と指標 Bucholtz, M., & Hall, K. (2005). Identity and

    interaction: a sociocultural linguistic approach コミュニケーションにおいて指標がアイデンティティ構成identity-makingの 役割を果たしているという観点からエスノグラフィー的な研究を展開 アイデンティティ表示identity-markerではなく アイデンティティ構成identity-making(嶋田, 三上 2023) ※Bucholtz&Hallはidentity constructionという表現 言語変種と社会属性との関係の研究における、第一波・第二波では指標は言語における 社会属性のmarkerとして位置付けられていたのに対し第三波(その中心がBucholz& Hall 2005)では指標はidentity making/constructionの役割を果たすものと位置づ けられ、それに応じて指標性がより重要な概念として浮上してくる(Eckert 2012) 19
  7. 3-2. アイデンティティ構築と指標 コミュニケーションにおけるアイデンティティ構築の5つの原則 (Bucholtz and Hall 2005) Emergence(創発): アイデンティティは言語的・非言語的実践の結果であり、内的な 心理的現象ではなく、社会的・文化的な現象

    Positionality(位置性): アイデンティティは年齢や性別などのマクロレベルのカテゴリ 、場面ごとのスタンス、地域固有の文化的ポジションなど、多層的に構成される Indexicality(指標性): アイデンティティは言語形式やスタイル、暗示、ラベル付けを通 じて指標的に構築される Relationality(関係性): アイデンティティは他者との類似や差異、正当性や権威など の関係性を通じて構築される Partialness(部分性): アイデンティティは一部は意図的であるものの、完全に意識さ れたものでなく、他者の認識やイデオロギー的プロセスの影響を受けるため常に変動的 21
  8. 社会カテゴリ指標資源: 「どの社会的カテゴリに属しているか」を 示し、社会的ポジショニングを誘導 ペルソナ的指標資源: 「その人物固有のIDタグ」として機能し、繰 り返しにより「その人らしさ」を示していく 機能 - 話者を 集団・階層・属性

    に結びつける - 「この形式=◦◦層らしさ」という 社会 的カテゴリーの手掛かり - 聴き手は共有知識をもとに「誰か」では なく「どの集団か」を推論 - 特定人物(実在・架空)に固有の連想を呼 び起こす - 反復される言語・非言語パターンが “その人 らしさ” を固定しブランド化 - 聴き手は同一人物性・キャラクター性を識 別 具体例 - 方言(関西弁 → 関西出身) - 敬体/タメ口(上下関係) - 業界用語(IT業界の専門略語) - 役割語「〜だわよ」(中高年女性像) - 制服・スーツ・作業着など服装コード - 決め台詞「I'll be back.」 - 特有の笑い方(サンタの「Ho-ho-ho」) - シグネチャー動作(Vサインを掲げる) - 固定のBGMや入退場ジングル - 個人ロゴ・トレードマーク(スティーブ・ ジョブズの黒タートルネック) 3-4.二種類の指標資源
  9. 3-5.指標資源のレジスターと登記化 レジスター register (社会言語学): 「ある言語形式のパッケージ が、反復的に特定の 状況・機能・社会的役割 と 結びつくことで共有知識となった『言語使用の様式』」 •

    特徴 1. 形式・意味の 安定性(固定された型) 2. 「医療レジスター」「法律レジスター」など ラベル付きで共有 3. 使用者は 即時に状況推論 できる レジスターはどうやって生み出され どうやって共有されていくのか? . 登記 enregisterment(Agha 2003) ☞言語形式が、単なる個別の使用から、特定の社会的意味や文脈、アイデンティ ティと結びついたレジスターとして認識・共有されていく動的なプロセス。
  10. 1.始まり(N次指標性): • 面白いという反応を示す散発的な指標として、「w」や「www」のように使われ始める。 2.反復と広がり(循環): • 特定のオンラインコミュニティのメンバー間で「草」という表現が繰り返し使用され、流通する。 3.社会的な気づきと意味づけ(メタプラグマティクス、イデオロギー): • 表現の使用パターンが意識され、「これはネット上で笑いを表す独特な言い方だ」「この表現 を使う人は特定のネットコミュニティの一員だ」といった認識(メタプラグマティックな意識)が

    生まれる。 • 「草」の使用が、カジュアルさ、親近感、ネット上の特定のペルソナといった社会的価値と結び つけられる。 4.レジスターの形成と機能(N+1次指標性): • 「草」は、関連する他の表現(例:「草生える」、「大草原」)と共に、オンラインの非公式なコ ミュニケーションを特徴づける一つのレジスターとして社会的に認知される。 • このレジスターを使用すること自体が、単に笑いを表すだけでなく、話者のオンライン上での 特定のアイデンティティや他者との関係性を創出・措定するようになる。 例)オンラインスラング「草」 Cf. Silverstein (2003)
  11. ここまでのまとめ 3節の要約 • 指標とは、コミュニケーションにおいて自己の位置を定め、他者との関係性を構築するための資源で ある(3-1, 3-2) • 自己は、あらかじめ決まっているものではなく、動員される指標の束によって遂行的かつ多元的に作 り上げられる(3-3, 3-4)

    • これらの指標資源は、反復使用されることで「レジスター」として動的に構築・共有されていく(3-5) 指標の観点から見たVTuberの独自性 • VTuberは「再埋め込み」の自由度が高い存在である(2-5) • この自由度の高さは、VTuberが自己構築に用いる指標資源の選択と組み合わせの自由度、そして その「登記」の自由度にも繋がる • 現実の身体的特徴から解放されたアバター、多様な声質を使い分ける技術、時間や空間を超越した 設定などは、VTuber独自の指標資源であり、これらが新たなレジスターを形成する可能性がある • 例:「〇〇といえば△△」「〇〇構文」など、特定のVTuberと結びついた言葉やフレーズは、ファンコミ ュニティ内での「登記」の例と言えるのでは 次節では以上の観点から 宝鐘マリンの事項構築プロセスの分析を試みる
  12. 4-1. なぜ宝鐘マリンか 所属 :ホロライブプロダクション 3期生 キャラクター:海賊船長(愛称「船長」)・自称17歳 初配信 :2019 年 8

    月 11 日 YouTubeデビュー 人気 :国内VTuber初のチャンネル登録者 400 万人 その他 :2023-24 年 FNS歌謡祭 2 年連続出演(地上波音楽特番) トップクラスの人気(一般的な代表性) 生身のライフヒストリーのバーチャルライフヒストリーへの越境 口癖や言い回しなどの指標資源の集団的な登記プロセス
  13. 設定指標 ├─ 視覚設定指標:キャラクターの視覚的固有性の投錨 └─ 人物設定指標:ペルソナの基点となる投錨 語用指標 ├─ 語用スタイル指標 :〈設定〉を具体化する声・語彙・語り口等を投錨 └─

    関係性指標:他VTuberとの関係性を投錨 └─ メタ語用指標:リアルライフヒストリーを資源化する/しないのスタンスを投錨 連帯形成指標 ├─ 呼びかけ指標:同期的なコミュニティ形成の働きかけ └─ タグ・名称サブ指標:非同期的なコミュニケーションの集約 いずれの指標も社会的・身体的制約から 脱埋め込みされている VTuberを構成する基本的な指標タイプ
  14. まとめ 脱埋め込み化から出発する近代的な自己構築モデルの更に先 • 連続的なライフストーリーからの脱埋め込み • 身体的制約からの脱埋め込み ☞ヴァーチャルライフヒストリーのナラティブとしてのVTuberの〈ペルソナ〉 ヴァーチャルライフヒストリーは脱埋め込みされた指標資源の束のナラティブ • 脱埋め込みされた指標資源を動員でき、ナラティブの自由度が圧倒的に高い

    • 初期投錨に条件づけられながらコミュニティとの折衝を通して〈ペルソナ〉が展開 ☞指標資源の維持と新規登記を介するペルソナの動的安定に集団的に参加 指標資源の投錨と時系列的運用に着目することで ・ミクロ/具体的かつ一回的/時系列的なコミュニケーション分析 ・脱埋め込み化された資源の形成と運用をめぐる横断的な分析 が可能になるのでは?
  15. 参考文献 ギデンズ, A. (2021). 『モダニティと自己アイデンティティ:後期近代に おける自己と社会』秋吉美都・安藤太郎・筒井淳也訳, 筑摩書房. タークル, シェリー. (1998).

    『接続された心―インターネット時代のアイ デンティティ』日暮雅通訳, 早川書房. 嶋田珠巳, & 三上剛史. (2023). 言語使用とアイデンティティ構成―社会言 語学と現代社会論の交差―. 社会言語科学, 25(2), 9–24. 岡本健・山野弘樹・吉川慧 (2024). 『VTuber学』岩波書店. Agha, A. (2003). The social life of cultural value. Language & Communication, 23(3–4), 231–273. Agha, A. (2007a). Registers of Language. In A Companion to Linguistic Anthropology (pp. 23–45). Blackwell Publishing Ltd. Agha, A. (2007b). Language and Social Relations. Cambridge University Press. Bucholtz, M., & Hall, K. (2005). Identity and interaction: a sociocultural linguistic approach. Discourse Studies, 7(4–5), 585–614. Silverstein, M. (2003). Indexical order and the dialectics of sociolinguistic life. Language & Communication, 23(3), 193–229.