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ヘイトスピーチがある世界のコミュニケーション

 ヘイトスピーチがある世界のコミュニケーション

2024年度の日本コミュニケーション学会関東支部研究会での発表資料。
言説実践のなかで創発的に実現されていくアイデンティティ構築プロセスをめぐる議論から出発し、そのプロセスに対して阻害的に働くものとしてヘイトスピーチを位置付ける。その際、ネガティブなコミュニケーション資源という概念を導入し、半強制的に割り当てられるこの手札を用いて展開されるコミュニケーションを分析していくという視座を提起している。

Kanta Tanishima

November 15, 2024
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Transcript

  1. 発表の構成 1. 本発表の問い 2. アイデンティティとヘイトスピーチ 2.1.アイデンティティ構築と言説実践 (理論的寄り道: Silversteinの非言及的指標性) 2.2. アイデンティティ構築プロセスの阻害としてのヘイトスピーチ

    3. ヘイトスピーチとネガティブなコミュニケーション資源 3.1. 公共財としての〈安心〉とその破壊 3.2. ネガティブなコミュニケーション資源 3.3. 日常にのしかかるネガティブなコミュニケーション資源 4. まとめ 3
  2. 2.1. アイデンティティ構築と言説実践 Bucholtz, M., & Hall, K. (2005). Identity and

    interaction: a sociocultural linguistic approach コミュニケーションにおいて指標がアイデンティティ構成identity-makingの 役割を果たしているという観点からエスノグラフィー的な研究を展開 アイデンティティ表示identity-markerではなく アイデンティティ構成identity-making(嶋田, 三上 2023) ※Bucholtz&Hallはidentity constructionという表現 言語変種と社会属性との関係の研究における、第一波・第二波では指標は言語における 社会属性のmarkerとして位置付けられていたのに対し第三波(その中心がBucholz& Hall 2005)では指標はidentity making/constructionの役割を果たすものと位置づ けられ、それに応じて指標性がより重要な概念として浮上してくる(Eckert 2012) 7
  3. (Silversteinの非言及的指標性) ・非言及指示的指標 nonreferential indexes 「一つあるいはそれ以上の状況的(コンテクスト的)変数が持つ特定の価 値を指示するような発話の側面」(Silverstein 1976: 29, シルヴァスティ ン

    2009a: 278) ☞ジェンダー指標、敬意指標、言語変種 ☞特定のジェンダーを指標する男性/女性らしい語尾、社会的関係性 を指標する「先生」「先輩」などの敬称、出身地を指標する方言 ・参照的指標 referential indexes 特定の対象を参照referする指標 ☞時間/空間/人称ダイクシス ☞「さっき」/「ここ」/「わたし」 ※実際にはSilversteinは命題的言明を特定の対象へと結びつける文 脈化作用全般を参照的指標として位置付ける 発話の特定のポジションへの投錨作用anchoring 9
  4. (Silversteinの非言及的指標性) ・指標的前提化作用 indexical presupposition 既存の社会的コンテクストや社会構造を前提とした上での 特定のポジションへの投錨 ☞仮面のセッティングが決まっている中でどの仮面をつける かの選択 ・指標的創出作用indexical creativity

    「ある種の純粋指標的トークンの使用には、指標的前提化作用とは 対照的な、一般的な創出的(creative)、すなわち遂行的 (performative) 側面がある」(同上:284) ☞仮面のセッティングに介入し、セッティングを組み替える働き ※既存のセッティングに即して振舞うという選択自体に 規範強化的な遂行性がある、という解釈も 10
  5. 2.1. アイデンティティ構築と言説実践 コミュニケーションにおけるアイデンティティ構築の5つの原則 (Bucholtz and Hall 2005) Emergence(創発): アイデンティティは言語的・非言語的実践の結果であり、内的な 心理的現象ではなく、社会的・文化的な現象

    Positionality(位置性): アイデンティティは年齢や性別などのマクロレベルのカテゴリ 、場面ごとのスタンス、地域固有の文化的ポジションなど、多層的に構成される Indexicality(指標性): アイデンティティは言語形式やスタイル、暗示、ラベル付けを通 じて指標的に構築される Relationality(関係性): アイデンティティは他者との類似や差異、正当性や権威など の関係性を通じて構築される Partialness(部分性): アイデンティティは一部は意図的であるものの、完全に意識さ れたものでなく、他者の認識やイデオロギー的プロセスの影響を受けるため常に変動的 13
  6. 2.2.アイデンティティ構築プロセスの 阻害としてのヘイトスピーチ 〇 関係性原則 relationality principle Bucholtz and Hallはこの関係性を、指標を介して社会的資源 を動員しあうポリフォニックな折衝として捉える

    ヘイトスピーチは「折衝negotiation」ではなく、社会的な権力構 造を背景に他者のアイデンティティ基盤そのものを攻撃することで 自身のアイデンティティを構築する発話行為だと解釈可能では? 15
  7. 2.2.アイデンティティ構築プロセスの 阻害としてのヘイトスピーチ Langton, R. (2012). Beyond belief: Pragmatics in hate

    speech and Pornography. 「発話内行為 illocutionary act」としてのヘイトスピーチ ☞直接のターゲットだけでなく社会における信念体系に介入 ※ラングトンはそこでの介入対象を信念だけでなく態度や欲望にまで拡張 「直接」の当事者だけでなく社会全体にとって の問題としてのヘイトスピーチ 社会における人々の振る舞いの条件を体系的に組み替えていくものとしてのヘイトス ピーチについては、表現へのコミットメントという観点からのTirrell(1999; 2012)や、 Tirrellの議論をブランダムの推論主義にもとづき発展させた堀田(2024)も参照。 17
  8. 3.3.日常にのしかかるNCR NCRは、社会の構成員がコミュニケーションを行う際に 不均等に割り振られるネガティブな手札として位置付けられる 〇 NCR概念のメリット 市民プレイヤー: NCRを比較的意識せずにすむマジョリティメンバーが、〈安心/尊厳〉に基づいたコ ミュニケーションを実現させるために本当は払わなければならないコスト(あるいはそ れを払わないことで生み出されるアグレッション)を意識化できる 観察者(研究者):

    差別的社会構造を背景としたコミュニケーションにおいて、〈安心/尊厳〉に基づいた コミュニケーションが成立する手前での各プレイヤーのコミュニケーション行為を、 NCRへのそれぞれの(非)戦略的対応という観点から分析できる 「共通基盤common ground」(Stalnaker)が成立する 手前の暴力性をはらんだコミュニケーションゲーム 29
  9. 参考文献 Bucholtz, M., & Hall, K. (2005). Identity and interaction:

    a sociocultural linguistic approach. Discourse Studies, 7(4–5), 585–614. Canakis, C. (2018). Contesting identity in the linguistic landscape of Belgrade: An ethnographic approach. Belgrade English Language and Literature Studies, 10(1), 229–258. Eckert, P. (2012). Three Waves of Variation Study: The Emergence of Meaning in the Study of Sociolinguistic Variation. Annual Review of Anthropology, 41(Volume 41, 2012), 87–100. ゴフマン, アーヴィング. (2024)スティグマの社会学 烙印を押されたアイデンティティ, 石黒毅(訳),せりか 書房. (Goffman, E. (1963). Stigma notes on the management of spoiled identity. Prentice Hall. 堀田義太郎. (2024). ヘイトスピーチ・推論主義・社会集団. 本多康作, 八重樫徹, 谷岡知美 (編著), ヘイトスピー チの何が問題なのか 言語哲学と法哲学の観点から(pp. 75–103). 法政大学出版局. 池田喬. (2024). ヘイトスピーチとマイクロアグレッション――相違点と共通点. 本多康作, 八重樫徹, 谷岡知美 (編著), ヘイトスピーチの何が問題なのか 言語哲学と法哲学の観点から(pp. 55–74). 法政大学出版局. 和泉悠, 朱喜哲, 仲宗根勝仁. (2018). ヘイトスピーチ――信頼の壊しかた. 小山虎(編著), 信頼を考える――リ ヴァイアサンから人工知能まで(pp. 281-304). 勁草書房. Langton, R. (2012). Beyond belief: Pragmatics in hate speech and Pornography1. In Speech and Harm (pp. 72–93). Oxford University Press. Roach, L. (2021). “You had me there. Right up to the bit you were racist”: A computer mediated discourse analysis of hate and counter speech in social media (Doctoral dissertation). Cardiff University, School of Social Sciences. 32
  10. 参考文献 Saleem, H. M., Dillon, K. P., Benesch, S., &

    Ruths, D. (2017). A web of hate: Tackling hateful speech in online social spaces. In arXiv [cs.CL]. arXiv. http://arxiv.org/abs/1709.10159 嶋田珠巳, 三上剛史. (2023). 言語使用とアイデンティティ構成―社会言語学と現代社会論の交差―. 社会言語科学, 25(2), 9–24. シルヴァスティン, M. (2009)「転換子、言語範疇、そして文化記述」小山亘 (編著), 記号の思想 現 代言語人類学の一軌跡: シルヴァスティン論文集 (pp. 251-316). 三元社. Silverstein, Michael, 1976. “Shifters, linguistic categories, and cul皿aldescription.” In: Keith H. Basso and Henry A. Selby, eds., Meaning in Anthropology, pp. 11-55. University of New Mexico Press:Albuquerque. スー, D, W. (2020).日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション――人種、ジェンダー、性的指 向:マイノリティに向けられる無意識の差別, マイクロアグレッション研究会(訳), 明石書店. (Sue, D. W. (2010). Microaggressions in everyday life: Race, gender, and sexual orientation. John Wiley & Sons Inc.) Tirrell, L. (1999). Derogatory terms: Racism, sexism and the inferential role theory of meaning. https://philpapers.org/rec/tirdtr Tirrell, L. (2012). Genocidal language games. Speech and Harm: Controversies over Free Speech, 174–221. ウォルドロン, ジェレミー. (2015)ヘイトスピーチという危害, 谷澤正嗣, 川岸令和(訳), みすず書房. (Waldron, J. (2012). The harm in hate speech. Harvard University Press.) 33