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フラウィウス朝の成立 -回帰と新生
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tomohata
December 08, 2007
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フラウィウス朝の成立 -回帰と新生
ローマクラブでの発表資料(2007/12/6)
※古代ローマ史
tomohata
December 08, 2007
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Transcript
フラウィウス朝の成立 回帰と新生
フラウィウス朝とは? 問題設定 ▪ フラウィウス朝の成立は、「伝統への回帰」か? or 「新たな時代の幕開け」か? ▪ 回帰 →フラウィウス朝の政策の多くは、ユリウス・クラウディ ウス朝時代の諸政策の踏襲もしくは復活である。
▪ 新生 →「新エリート層」の創出を通じて、中央政界の再活性 化を促すと共に、後の五賢帝時代を生み出す大き な原動力となる。
今回のテーマ ▪ ウェスパシアヌスの「伝統への回帰」=「反ネロ」と言う 政治姿勢に注目し、彼が、何故、こうした姿勢を取ら ねばならなかったのかについて俯瞰する。 ▪ この時期に製作されたと考えられている歴史的悲劇 「オクタウィア」を題材に取り上げ、この悲劇に散りば められた「反ネロ」⇔「親オクタウィア」と言うテーゼを 確認しつつ、この悲劇がウェスパシアヌスにとって如
何なる意義を有し得たのかについて推測を試みる。
悲劇「オクタウィア」 悲劇「オクタウィア」を巡る謎 ▪ いつ、誰が、何故、製作したのか? ▪ いつ? ネロ帝代? or それ以降? ▪
誰が? セネカ? or それ以外? ▪ 何故? 反権力? or 政治的プロパガンダ?
悲劇「オクタウィア」 悲劇「オクタウィア」とは ▪ 悲劇(crepidata)としての歴史劇(togata) ▪ 62年、ポッパエアとの再婚を願ったネロによる妃オ クタウィアの追放及び処刑に至る顛末を題材にして いる。 ▪ セネカ悲劇と並び、悲劇としてはテクストがほぼ完全
に現存する希少性の高い作品
登場人物 ▪ オクタウィア ▪ オクタウィアの乳母 ▪ セネカ ▪ ネロ ▪
親衛隊長 ▪ アグリッピナの亡霊 ▪ ポッパエア ▪ ポッパエアの乳母 ▪ 知らせの者 ▪ 合唱隊(ローマ市民) Claudia Octavia https:/.../user/leach/www/c414/juliclau.html
製作時期(I) ▪ ネロ帝期か? or それ以降か? ネロ帝期とする場合の問題点 1.ネロを直接的に批判 2.亡霊アグリッピナによるネロの死の予言が、実際の ネロの死に際と酷似。 ([Senca],
Octavia 619-622, cf. Suet. Nero 47- 49) ▪ 以上の2点よりネロ帝期に製作されたと考えるの には困難さが伴う。
製作時期(II-1) ▪ いつ、製作されたのか? ウェスパシアヌス帝期の可能性 1.作品の基調をなす、反ネロ⇔親オクタウィア、親ブ リタンニクス、親セネカ的立場 2.クラウディウスの息子ブリタンニクスとウェスパシア ヌスの息子ティトゥスとの間の親密な友好関係 (Suet.Titus 2)
製作時期(II-2) 3.ウェスパシアヌスの反ネロ、親クラウディウス的な 政治姿勢。 ▪ 「皇帝ウェスパシアヌス・カエサル・アウグストゥス は、都市の為に自己の支出により、神クラウディ ウスにより建設され、その後、9年間にも渡って無 視され破壊されたままとなっていたクルティア水道 橋、カエルレア水道橋を修復した。」 (ILS
218 = CIL VI 1257)
製作時期(II-3) ▪ 劇作家の思惑とウェスパシアヌスの政治姿勢との間 には、ある程度の一致が見受けられる。 ▪ ウェスパシアヌスの政治的プロパガンダとして、この 悲劇が利用された可能性も視野に入れておく必要 がある。
「反ネロ」としてのウェスパシアヌスの 政治的立場に関する疑問点 ▪ 何故、ウェスパシアヌスは「反ネロ」、「親クラウディ ウス」的な政治姿勢を取らねばならなかったのか? ▪ ウェスパシアヌス自身は、必ずしもネロに対して個 人的な敵意を抱いていたとは限らない。 →優遇されていた、とまでは行かなくとも相応に重要 なポストを任されていた。(*寧ろ、ウェスパシアヌス
の方がネロ拠りの姿勢を見せていた?) ▪ 個人的な感情から、と言うより、ウェスパシアヌスを 取り巻く政治的・社会的状況に原因があるのでは?
ウェスパシアヌス帝 (Titus Flavius Vespasianus, A.D.9-79) www.uni- muenster.de/Rektorat/museum/am-022.htm www.livius.org/va-vh/vespasian/vespasian.html 写実主義的な皇帝の肖像 理想化された皇帝の肖像
ウェスパシアヌスの皇帝即位の過程 (I-1) 誕生(A.D.9) ▪ 徴税請負人であった父サビヌスと、兄弟を元老院 議員に持つ母ポラとの間に、ローマ北東のファクリ ナエで生まれる。 ▪ ウェスパシアヌス兄弟は、共に家系で初めての元 老院議員となった為、ローマ・エリート層の中では
新参者である。
ウェスパシアヌスの皇帝即位の過程 (I-2) 昇官順序(cursus honorum) ティベリウス帝代 ▪ トラキア軍団副官 ▪ 財務官 カリグラ帝代
▪ 造営官 ▪ 法務官(A.D.39)
ウェスパシアヌスの皇帝即位の過程 (I-2) クラウディウス帝代 ▪ ゲルマニア軍団長(凱旋将軍顕彰を得る) ▪ 執政官(A.D.51) ネロ帝代 ▪ アフリカ属州総督(A.D.63)
▪ ユダヤ属州総督(A.D.67) →この時、ユダヤ戦争を指揮
ウェスパシアヌスの皇帝即位の過程 (I-2) ウェスパシアヌスの中央政界に占める位置 ▪ とりわけ行政面では決して華々しい成果を挙げてい ない。 ▪ 皇帝達(*特にネロ)にとって、出自の面からも政治 的影響力の面からも、彼は自らのライバルになり得 るような存在とは見做され得なかった。
→政治的には「無害」 →軍事的に重要な東方の軍団指揮権を委ねられる。
ウェスパシアヌスの皇帝即位の過程 (I-3) ▪ 四帝乱立(A.D.68-69) ▪ 本来、皇帝になることを望むべくもないウェスパシア ヌスが、皇帝位へと上り詰める主原因ともなった混 乱期。 ▪ 約2年間と言う短期間に、4人の皇帝が相次いで即
位し、内、3人は自殺もしくは処刑された。 ▪ 「平和ですら血腥い時代」(Tac. Hist. I. 2)
ウェスパシアヌスの皇帝即位の過程 (I-3) ガルバ帝(B.C.13-A.D.69) ▪ タラコネンシス属州総督 (スペイン) ▪ 即位時には70歳 ▪ 共和政期に遡る名門の出身
www.antorcha.net/.../historia/suetonio/7.html
ウェスパシアヌスの皇帝即位の過程 (I-3) オト帝(A.D.32-69) ▪ ルシタニア属州総督 (スペイン) ▪ ガルバの側近 →後継者争いを巡り裏切 る。
▪ 親衛隊を味方につける。 www.livius.org/le-lh/legio/xiii_gemina.html
ウェスパシアヌスの皇帝即位の過程 (I-3) ウィテッリウス帝(A.D.12?- 69) ▪ ゲルマニア軍団司令官 ▪ ゲルマニア軍団を率いて帝 位簒奪を目論む。 www.answers.com/topic/vitellius
ウェスパシアヌスの皇帝即位の過程 (I-3) 四帝乱立へと至る分岐点 ▪ 元老院の思惑 →名門出身のガルバを皇帝に擁立することで、政治的混 乱を避けると共に「伝統」を標榜。 ▪ オトの裏切り →ガルバが名門出身のピソを後継者に任じたことで、側近
のオトが親衛隊と共に反乱を起こす。 ▪ 皇帝になる為の条件 →出自ではなく軍事力で皇帝になり得るのだと気付く。
ウェスパシアヌスの皇帝即位の過程 (I-3) ウェスパシアヌス帝即位の歴史的意義 ▪ ユリウス・クラウディウス朝と血縁関係を有さない者が、 軍団の後押しを得ることで、皇帝となることが出来る。 「・・・元首はローマ以外の土地でも作られると言う帝政の 秘鑰が暴露された・・・」(Tac. Hist. 1.4)
→しかし、現実的に政治を行うには、常に中央政界を意識 しておかねばならない。 ▪ 軍事力を背景とした独裁体制ではなく、元老院との共和 の道を模索
ウェスパシアヌスの皇帝即位の過程 (I-3) ウェスパシアヌスの負い目 ▪ 出自の問題 : エリート層の中では新参者 ▪ 血縁の問題 :
従来の皇帝家の一員ではない ▪ 政治を円滑に運営してゆく為には、元老院議員を中心 としたエリート層からも支持を取り付け、彼等と友好な 関係性を築く必要があった。 ▪ 皇帝としての正統性を、前王朝の後を継いだ「伝統へ の回帰」と言う政治姿勢を見せることで、示してゆかね ばならなかった。
皇帝ウェスパシアヌスの正統性(I) ▪ 「ウェスパシアヌス帝に関する 法律」 (Lex de Imperio Vespasiani) ▪ A.D.69,12月に可決された法
案の一部を青銅版に刻んだも の。 (1.15 x 1.63m) →ウェスパシアヌスの皇帝として の正統性のあり方を探る上で 非常に重要な碑文史料。
皇帝ウェスパシアヌスの正統性(I) ▪ 抜訳(*「ウェスパシアヌス帝に関する法律」) 「・・・そして、彼の決定は何であれ、共和国の利益、それ に神事・人事・公事・私事の尊厳に合致するであろう。彼 はそのように行動する権利と力を持つであろう。神と なったアウグストゥス帝、ティベリウス・ユリウス・カエサ ル・アウグストゥス帝、ティベリウス・クラウディウス・カエ サル・アウグストゥス・ゲルマニクス帝が保持したような 権利と力を・・・」
(CIL VI, 930 = ILS 244) ▪ 「ネロの否定」、「伝統への回帰」、「元老院との共和」 →ウェスパシアヌスは元老院と上記の3つの点を確認しつ つ、自己の皇帝としての正統性を法的に定めた。
悲劇「オクタウィア」とフラウィウス朝 ▪ 悲劇「オクタウィア」は政治的言説に満ち満ちている。 ▪ セネカとネロとの対話([Seneca] Oct. 440-592) →あり得るべき皇帝像とは? 軍事的独裁者 or
政治的指導者 恐怖による統治 or 民衆の支持による統治
悲劇「オクタウィア」とフラウィウス朝 ▪ 「セネカとネロの対話」と「ウェスパシアヌスの政治姿 勢」との関連性 ▪ 軍事的指導者としてのウェスパシアヌス →皇帝に上り詰める過程で発揮された指導力 ▪ 皇帝としてのウェスパシアヌス →軍事力を背景とした圧制ではなく、「元老院との共
和」への方向転換 ▪ 「セネカとネロの対話」の件は、皇帝としての政治姿 勢のあり方を示すプロパガンダ
悲劇「オクタウィア」とフラウィウス朝 皇帝によるプロパガンダ -元老院との「共和」- www.romancoins.info/countermark-Richard-Baker...
悲劇「オクタウィア」とフラウィウス朝 ▪ 反ネロ、親オクタウィア(親ブリタンニクス) ▪ クラウディウス帝の正統なる後継者とは? →劇中に繰り返されるオクタウィアの弟への郷愁 ▪ 「弟の占めるべき支配権」([Seneca] Oct. 113)
→正統なる後継者はネロではなく、ブリタンニクスであることを 訴える。 ▪ ブリタンニクスの名を繰り返し呼ぶことで、否応なく彼と深い 友情で結ばれていたティトゥスを想起させる。 →「わたくしに残された唯一の希望」( [Seneca] Oct. 68)
悲劇「オクタウィア」とフラウィウス朝 ▪ 何故、ブリタンニクスの名が何度も登場するのか? ▪ 悲劇と現実とのパラレルな関係性 クラウディウス and ウェスパシアヌス ブリタンニクス and
ティトゥス ▪ 後継者を巡るクラウディウスの失策 「あの方は、わが息子よりも種違いの義理の子をひ いきにできたお方です。」([Seneca] Oct. 139-140) 「ここから起こった悪行の数々」([Seneca] Oct. 143)
悲劇「オクタウィア」とフラウィウス朝 正統なる後継者の構図 クラウディウス ブリタンニクス ウェスパシアヌス ティトゥス 悲劇の中の正統な系譜 フラウィウス朝の系譜 友情 帝権移譲
悲劇「オクタウィア」とフラウィウス朝 ▪ 何故、ブリタンニクスの名が何度も登場するのか? 目的 ▪ ネロは正統なる皇帝ではなかった →その為に帝国が混乱に陥ったことをアピール ▪ 暗にティトゥスのことを示唆 ▪
従って、その父ウェスパシアヌスは正統なる皇帝で あることを暗喩として語る
悲劇「オクタウィア」とフラウィウス朝 ▪ 悲劇的な結末と混乱への序章 「ローマは市民の血を嬉々として受け入れているので すから。」([Seneca], Oct. 983) ▪ オクタウィアは流刑地へ運ばれ、そこで処刑されて しまう。その件を悲哀を篭めつつ叙情的に歌い上げ
る合唱隊の幕引きの台詞。 ▪ 横暴さを増すネロの治世、そして彼の死後の混乱期 を予兆した締めくくりとなっている。
今回の講義の総括 ウェスパシアヌスとイメージ戦略 ▪ 軍事的指導者から善き皇帝への転換 ▪ 前王朝の正統なる後継者であることのアピール 「反ネロ」と言う意図的な政治戦略 ▪ 「反ネロ」を政治的プロパガンダとして大々的に用い ることで、自らの政治姿勢を明確化する。
→その意味で、ネロもまた、犠牲者である。
アグリッピナの叫び わたしが小さいおまえをこの世の光に出して育てる前に、 いっそ、野獣がわたしのお腹を裂いてくれればよかったのに。 そうすれば、おまえは罪を犯すこともなく、感覚もなく、無邪気なまま わたしのものとして死んでゆけたのに。わたしにぴったりと寄り添って、 永遠に、冥界の静かな席で、 祖父や父上、名高き方々を眺めておれたものを。 ([Seneca], Oct. 636-641)
▪ ネロの悲劇的な最期を予兆するかのようなこの亡霊アグリッピナ の悲痛な叫びは、悲劇「オクタウィア」にあって、ネロに対する哀れ みをも感じさせられずにはいられない。
終わり
rome.mrdonn.org/emperors.html