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みんなのコード2020-2024

akikosuginohara
February 26, 2025

 みんなのコード2020-2024

このケースは、筆者が個人で通った大学院で、ダイバーシティ&インクルージョンに関する議論を行う事のみを目的として作成し、広く公開するために一部編集を加えたものです。記載された事実関係、固有名詞、および数値等は議論のために偽装/匿名化している場合もあり、いずれも当該企業の一次情報を提供するものではありません。また、あくまでも筆者の目線から書いたものであり、当該企業の意見を代表するものではありません。Copyright © 2024 by 杉之原明子

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February 26, 2025
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  1. 〜 D & I 推 進 が 経 営 に

    も た ら し た こ と 〜 このケースは、筆者が個人で通った大学院で、ダイバーシティ&インクルージョンに関する議論を行う事のみを目的として作成し、広く公開するために一部編 集を加えたものです。記載された事実関係、固有名詞、および数値等は議論のために偽装/匿名化している場合もあり、いずれも当該企業の一次情報を提供する ものではありません。また、あくまでも筆者の目線から書いたものであり、当該企業の意見を代表するものではありません。Copyright © 2024 by 杉之原明子 みんなのコード2020-2024
  2. 「コンビニに行くくらいの軽い気持ちで始めたのに、気が つけばまるで富士山を登っているようだ。 」 特定非営利活動法人みんなのコードの代表理事である利根 川 裕太は、設立10周年を迎えるその節目に、今まで歩んで きた道のりを振り返っていた。過去に執着しない性格だ が、もしも時計の針を巻き戻せるなら、一つだけ、正しい 意思決定だったのか分からないことがあった。 それは、創業期の荒波を共に越えた、元従業員である田中

    沙弥果との出来事である。 田中は、2019年にみんなのコードを退職した後、IT分野の ジェンダーギャップ[1]解消を目指し、特定非営利活動法人 Waffle[2]を立ち上げた。田中がみんなのコードで働いてい た頃、利根川は、みんなのコードの中でジェンダーギャッ プ解消に関する事業ができないか、何度か相談を受けてい た。しかし、そのたびに利根川は、ジェンダーギャップの 解消は、みんなのコードが取り組む課題なのか、インパク トをもたらすことができるのか確信が持てなかった。一方 田中は、新たな看板を掲げて自分でやろうとWaffleを設立。 翌2020年にはForbes JAPAN誌「世界を変える30歳未満30 人」に選ばれるなど、めざましい成長を遂げた。 Waffleが急激に成長していく様子を目の当たりにして、利根 川は、いまでも考えずにはいられない。なぜ、 「みんなのコ ードの中で一緒にやろう」と言えなかったのだろう。田中 がみんなのコードの中で挑戦を続けてくれていたら、もっ と大きなインパクトをもたらす存在へと発展できていたの ではないだろうか。 みんなのコード2020-2024 みんなのコードは、2015年7月に設立された非営利法人であ る。 「誰もがテクノロジーを創造的に楽しむ国をつくる」と いうビジョンを掲げ、日本全国でテクノロジー教育の普及 啓発活動を推進している(図1) 。学校教育事業において は、教員向けの研修、小中高向け授業用プログラミング教 材「プログル」を無償提供している。学校外においては、 子どもが自由にテクノロジーで自己表現できる子どもの居 場所「みんなのクリエイティブハブ」を3施設運営。事業活 動に加え、学術機関と連携した実証研究や2030年代の学習 指導要領改訂に向けた政策提言など幅広い取り組みを行っ ている。 みんなのコードが提供するサービスを利用する子ども及び 教員の数は、年間130万人を超える。特に小学校向け「プロ グル」は、年間64万人が利用しており[3]、プログラミング を学ぶ5年生、6年生の約3人に1人が利用している計算であ る[4]。 [1] 性別の違いにより生じるさまざまな格差のこと [2] 2019年11月に設立された非営利法人。テクノロジー分野のジェンダーギャップ解消を目指し、女子中高大生へIT教育の機会を無償で提供。政策提言にも力を入れる [3] みんなのコード「2023年度活動報告書・2024年度活動方針」より引用 [4] 総務省「学校基本調査 / 令和5年度 初等中等教育機関・専修学校・各種学校 学校調査・学校通信教育調査(高等学校) 学校調査票(小学校) 」によると、令和5年度の小学校5年生は102万人、6年生は104万人である [5] 認定や特例認定を受けていないNPO法人のこと [6] 認定・特例認定を受けているNPO法人のこと みんなのコード る。一方、うち20%は1億円以上、最大値は213億円の収益 規模がある。 みんなのコードの収益規模は年間2億円程度であり、従業員 を有給で雇用し、社会的インパクトを最大化するために事 業活動を行っている点においては営利組織の経営と共通す る部分は多い。営利組織と同じようにみんなのコードが経 営されている背景には、利根川が営利セクターから非営利 セクターに越境した経験があった。 図1 みんなのコードの活動内容 出典:みんなのコードホームページ 特定非営利活動法人(NPO法人) 日本におけるNPO法人は、1998年に特定非営利活動促進法 が施行されたことにより、社会課題を解決するための市民 活動を発展及び持続させるための法人格として誕生した。 市民活動が法人格を有することによって、信頼性が高ま り、法人として取引等を行うことができるようになったの である。NPOは、団体の構成員や資金提供者等に対して収 益を分配することを目的としない法人格であり、2023年4月 時点で日本には、認証法人[5]が49,582法人、認定・特例認 定法人[6]が1,291法人ある。なお、内閣府が発表した「令和 5年度特定非営利活動法人に関する実態調査」によると、認 定・特例認定法人の年間収益規模の中央値は2,667万円であ
  3. [7] 東証プライムに上場するインターネット関連企業。 「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」をビジョンに掲げ、デジタル化が進んでいない伝統的な産業にインターネットを持ち込み、産業構造の変革に挑戦している。 利根川が開発に携わった「ラクスル」は、印刷工場の非稼働時間と消費者のニーズをマッチングするサービス [8] Scratch財団によって無料で提供される教育プログラミング言語及び世界最大の子ども向けコーディングコミュニティ [9] いつでも誰でもどこでも1時間でプログラミング学習ができる教育教材サイト [10] すべての生徒にコンピュータサイエンスを学ぶ機会を提供することを目的とした非営利団体。9,200万人の児童・生徒、270万人の先生が利用する

    [11] 社会に変化を起こす目的で、政治家や国・自治体等の決定権を持つ人に対し、提言を行うこと ちのラクスルCTOに教えてもらいながら、独学でラクスル のコードを書いた。 2011年に大手デベロッパーを退職し、共同創業者兼1人目の 正社員としてラクスルに参画。学生やアルバイトと一緒 に、来る日も来る日もプログラムを書いた。当時のラクス ルは、資金調達をして事業が加速していたものの、たくさ んの人が入社しては辞めていった。組織が拡大する中で利 根川は、エンジニアと非エンジニアに距離ができてきたこ とを課題に思い、1時間でプログラミングを楽しめる海外の 教材「Hour of Code」を使った社内向けワークショップを 開催した。その後、社員の子ども向けにも同様のワークシ ョップを行い、大きな手応えを感じたことを機に、みんな のコードを設立した(図2) 。2015年7月のことだった。 第1章 創業期 起業家精神の始まり やプログラミング教室まで無数に存在していた。中でも、 中高生向けにブートキャンプ型のプログラムを提供するラ イフイズテック株式会社の存在が目立っていた。 利根川は、いまからプログラミング学習領域でライフイズ テック社と競うよりも、何か別の切り口はないか考え、ラ クスルの社内ワークショップで利用した「Hour of code[9]」 を運営するCode.org[10]が非営利組織であることに注目し た。非営利の目線で市場を眺めると、都会の教育に熱心な 家庭の子どもはプログラミング教室に通い、最先端の環境 と教育を受けることができるが、そうでない子どもは機会 を得ることができていない。プログラミング教室が大都市 圏に集中していたことも気になっていた。 さらに、これからは、資本主義的な成長を追い求めるだけ でなく、社会課題の解決を中心に置いた多様な在り方・生 き方を志す人が増えるのではないかと考え、NPOを選択し た。 利根川は、1985年に千葉県で生まれた。父は大手企業に勤 務し、母は専業主婦であった。テクノロジーとの接点は、 中学生の頃だった。リビングのパソコンを使って、ドット 絵で好きな鉄道を描いては、自前で作成したWebページに 公開した。新しいことをするのは好きだった。高校時代に は、先生を説得して授業の様子を撮影して番組を作成した り、大阪の街づくりコンペに参加するために夜行バスで現 地に入ったこともあった。 その後、慶應義塾大学経済学部に入学。写真を撮るが好き だったため、カメラ部に入部した。大学3年次には、卒業ア ルバム委員の編集長としてプロジェクトを取り仕切った。 4,000人の卒業生の個人写真や風景を撮影して、1冊15,000円 程度で販売。3,000万円ほどの収益規模だった。起業家気質 な仲間にも囲まれていた。カメラ部で佐俣 アンリ(現ANRI 株式会社代表パートナー)と出会い、ゼミには楓 博光(現 株式会社サポーターズ代表取締役)がいた。また、夏休み には、スタンフォード大学が開催するサマースクールに参 加し、日本、台湾、中国の学生と共同生活を送った。この とき、非営利組織の活動にも触れた。自分がNPOを立ち上 げるとは夢にも思っていなかった頃である。 ラクスル創業期 大学卒業後は大手デベロッパーに入社し、予算部に配属さ れた。多忙な日々を送る中で、だんだんと気が滅入ってい った。大学時代に交流した、好きな人生を歩んでいるよう に見えたスタンフォード大学の学生の様子を思い返して は、これでいいのだろうかという欠乏感を抱えていた。 新卒3年目のとき、大学時代の友人である佐俣からの紹介 で、松本 恭攝(現 ラクスル株式会社[7]取締役会長)に出会 った。昼は予算部で働き、夜はラクスルの創業を手伝う怒 涛の日々が始まった。システムをつくる人がいなかったた め、利根川は書籍を購入し、プログラミングを始めた。の 図2 2014年に開催した親子イベントの様子 出典:みんなのコードより提供 非営利法人を選んだ理由 利根川が非営利法人を選択した理由は、プログラミング教 育の領域でインパクトを出すにはどうしたらいいかを考え たからである。法人を設立した当時は、小学校のプログラ ミング必修化が決まる前であり、民間事業者が提供するサ ービスがメインであった。 「Scratch[8]」のような無料で公 開されているプログラミング教材から有料のロボット講座 みんなのコード創業とプログラミング教育の 機運 みんなのコードを設立した頃は、大きなインパクトをもた らしたいというよりは、これまでの延長で、 「Hour of code」 を日本で広めようと活動を継続していた。定期的に開催し ていたワークショップは100名規模のファミリーイベントに 広がり、意欲ある先生が学校の授業で教材を使ったりと、 徐々に規模が大きくなっていた。いっそのこと、Hour of code Japanを設立しようと渡米し、Code.orgの代表を尋ね た。このとき、アドボカシー[11]という言葉を初めて知っ た。研修、教材、マーケティング、政策提言。みんなのコ ードはこの4つをやろうと決めた。 日本では、ちょうどその頃、情報化やグローバル化といっ た社会変化に応じる形で、学校教育も変化しようとしてい た。スマートフォンの普及により、個人がインターネット にアクセスできる環境が急速に広がり、インターネット利 用率を年齢階層別に見ると、6〜12歳が74.8%、13〜19歳が
  4. なされる。 「プログル」は、インターネット上に公開され、 利用料がかからないため、研修を受けた先生は、次の日か らそれぞれの判断で教材を利用することができた。こうし て、プログラミング教育の必修化が始まる2020年までの3年 間で5,500名以上の小学校教員が研修を受講し、教室に戻っ た教員が「プログル」を使った授業を行い、2019年度に は、累計61万人以上の児童・生徒が使うサービスへと拡大 した[18]。 [12]

    総務省「平成28年版 情報通信白書」から引用 [13] 野村総合研究所「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」 https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2015/151202_1.pdf (2024/7/4確認) [14] 日本生産性本部「日本の労働生産性の動向2015年版」によると、日本の労働生産性は、OECD34カ国中12位で、加盟国平均を下回っている [15] 各教科で教える内容の枠組みが定められている学校教育の土台 [16] 「自分が意図する一連の活動を実現するために,どのような動きの組合せが必要であり,一つ一つの動きに対応した記号を,どのように組み合わせたらいいのか,記号の組合せをどのように改善していけば,より意図した活 動に近づくのか,といったことを論理的に考えていく力」のこと [17] 非営利組織等で自身の知識やスキルを無償提供して社会貢献するボランティア活動のこと。社員の育成機会を目的に、NPOとプロボノ連携する取り組みもある [18] みんなのコード「2019年度活動報告書」より引用 98.2%であった[12]。2015年には「AIの導入によって日本の 労働人口の49%の仕事が10-20年以内になくなる」というレ ポート[13]が話題になったが、日本の労働生産性はOECD加 盟国平均を下回っており[14]、低迷が続いていた。 2020年に施行される小学校の学習指導要領[15]の改訂に向け て、プログラミング教育を必修化するか否かという議論が されようとしていた。2016年1月に、ある小学校で「Hour of Code」を使ったプログラミングの授業が行われ、文部科 学省の担当者が見学。その1ヶ月後に、利根川は、文部科学 省でプレゼンをする機会を得た。初等教育段階からプログ ラミングをきちんと学ぶ必要性について説明を尽くし、そ の後、学習指導要領改訂に向けた会議体のひとつである 「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能 力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」の 委員に選定された。 次期学習指導要領の改訂においては、これからの時代を生 きる子どもがよりよい社会と幸福な人生の創り手となるた めの力を育む学校教育の実現が重視された。プログラミン グ教育が必修化されると言っても、科目が新設されたわけ ではなく、算数や理科といった既存の科目の中でプログラ ミング的思考[16]を身につけることが言及されるにとどまっ た。そのため、各小学校の裁量に任されている部分が大き く、自治体や現場の教員は、どのように対応したら良いか 困っていた。多くの教員は、プログラミングを勉強したこ とがなく、教わったことがないにも関わらず、教室で教え なければいけない状況であった。 学校教育事業の立ち上げ プログラミング教育必修化の流れに呼応する形で、みんな のコードは、プログラミング教育必修化の機運を高めるた めに参加者1万人を目指してワークショップを開催。利根川 は、インターンやプロボノ[17]で手伝ってくれる人たちと全 国を飛び回っていたが、2017年に大手外資系企業から大型 の助成を獲得したことを機に、小学校のプログラミング教 育を支えるために、利根川は仲間集めを開始した。少人数 で最大のインパクトをもたらすため、特に人選びにこだわ 図3 事業活動の様子(左:教員向けプログラミング研修の様子、右:小学校授業用教材「プログル」 ) 出典:みんなのコードより提供 った。定年を予定していた小学校の名物校長、教員歴30年 以上を有する小学校教員、以前より信頼していたエンジニ アをひとりずつ口説き、創業期のみんなのコードに入社し てもらった。 自治体が開催する研修会の講師を元教員メンバーが担い、 全国で現役教員にプログラミング教育の意義や授業の実践 例を教えた。さらに、研修を受けたすべての先生が授業を 進行することができるように、授業用オンライン教材「プ ログル」を開発した(図3) 。利根川は、教科書でプログラ ミング的思考を学ぶだけでなく、オンラインで体験的に学 ぶ時間も必要だと考えていた。 「プログル」の開発にあたっては、元教員メンバーの思い が反映された。元教員メンバーは「学校の中にいては、先 生を取り巻く状況をなかなか変えられない。外からなら変 えられるかもしれない。残りの人生をみんなのコードに賭 けてみよう」と、安定職を捨てて、みんなのコードに飛び 込んできていた。先生の指導力を諦めない気持ちがあっ た。 みんなのコードは、企業や財団からの助成を元手に、無償 でサービスを提供することができた。通常、ひとりひとり の先生には決裁権がなく、学校や自治体単位で購入判断が 組織の輪郭 学校教育事業の立ち上げを機に、利根川は、 「すべての子ど もがプログラミングを楽しむ国にする」というビジョンを 掲げた。ラクスルでの経験をもとに、全体を俯瞰して仕組 みをつくることに興味があった。テクノロジーは、その使 い手になるか、使われる側になるかで将来に渡って得られ る機会に差が広がる分野だからこそ、すべての子どもが受 けられる学校教育が果たす役割が大きいと考えた。ビジョ ンには、プログラミングを道具として使いこなし、身の回 りや地域、ひいては日本の社会課題を解決してほしいとい う願いを込めた。
  5. 2019年は、事業面で転機を迎えようとしていた。2021年に 中学校、2022年には高等学校の学習指導要領の改訂が予定 されており、情報教育の拡充が検討されていた(図4) 。利 根川は、中学校・高校へと領域を広げ、小学校と同じよう に教員研修、教材提供を行うことに決め、中学校技術の教 科書を執筆した経験を持つ元教員、県指導主事の経験があ る高校教員を口説き、入社してもらった。一方、小学校に おいては、2020年にプログラミング教育が始まれば、教員 研修のニーズが落ち着くものと思われた。次は、2030年の

    学習指導要領の改訂に向けて、実証研究や政策提言が必要 なのではないかと考えていた。 さらに、2019年には、熱意あふれる石川県加賀市の市長と の出会いにより、新たな取り組みとして、子どもが自由に テクノロジーで自己表現できる学校外の子どもの居場所 「コンピュータクラブハウス加賀」を開設した。 とともに従業員数が10名を超え、組織化を模索するように なった頃から、徐々に上手くいかなくなる感覚があった。 利根川とすべてのメンバーが会話する文鎮型組織から階層 化することができず、良い意味で動物園だと思っていた組 織も、いつの間にか、利根川の正解を探るような会話が増 えていた。さらに、社会人経験が浅い若手社員が苦しんで いる様子だったが、みんなのコードには、民間企業での管 理職経験があるメンバーが1人もいなかった。 2019年には、従業員数が10名に増えた。従業員の半分が40 代以上のプロフェッショナル人材、半分が20代の若手社員 で構成されていた。利根川は、コミットしたいと思えるビ ジョンと起業家精神があれば、人材育成をしなくても問題 ないと考えていた。実際、この時期に集まったメンバーは 特定の領域に突き抜けており、知見がないことにも果敢に 挑んでいた。 最短最速でインパクトを出す方法を考える日々の中で、利 根川は、組織づくりにおいて大切にしていたことがある。 それは多様性の観点である。バリューのひとつにも「多様 性を強みに」を掲げた。ラクスルで、組織の拡大とともに エンジニアと非エンジニアの距離が生まれたことに課題意 識を持った経験から、みんなのコードは、元教員、エンジ ニア、熱意ある20代メンバー、多様なバックグラウンドを 持つメンバーが尊重しあえる組織でありたいと考えてい た。 第2章 転換点(2019年) 事業領域の拡大 図4 日本国内の情報教育をとりまく環境の変化 出典:みんなのコードより提供 10人の壁 田中の言葉 田中から「みんなのコードで、テクノロジー分野における ジェンダーギャップに関する事業をやれないか」という相 談を受けたのは、そんなときだった。田中は、学生時代か ら女性向けプログラミングコンテストを主催するなど、テ クノロジー分野のジェンダーギャップをテーマに精力的に 活動していた。将来は起業することを考えていたため、創 業期のみんなのコードに新卒で入社した。学校の先生をレ バーにプログラミング教育を底上げしていく様子を体感し た田中が、次は、自身が取り組んできたジェンダーギャッ プの観点から何か出来ないかと考えるのは自然なことだっ た。しかし利根川には分からなかった。みんなのコード が、ジェンダーギャップに取り組む必要があるのだろう か。事業としても、果たして筋が良いのか判断がつかなか った。田中は、女子中高生向けに新たなブランドで事業を 立ち上げるため、みんなのコードを退職した。 創業期は、学習指導要領の改訂で新たに生まれたニーズと 機運に乗り、学校教育事業が立ち上がっていく混沌とした 日々であったが、利根川の目が届く人数であったため、大 きな問題は表出していなかった。しかし、事業領域の拡大 棚田の言葉
  6. 第3章 ダイバーシティ[19]&インクルージ ョン[20]の現在地 立ち遅れる日本のジェンダー平等 日本におけるダイバーシティ推進は、諸外国と比較して、 ジェンダー平等の観点で全体的に立ち遅れている。世界経 済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数 2024[21]」で日本は146カ国中118位で、2023年の125位から 改善されたものの、依然としてOECD諸国において最下位で あった。特に政治分野は113位、経済分野は120位であり、 数ある評価項目のなかでも、依然として意思決定層の女性

    比率の低さが際立っている。内閣府男女共同参画局が発表 した「男女共同参画白書 令和5年版」によると、日本は、就 業者に占める女性の割合は諸外国と大きな差がない一方 で、管理的職業に占める女性の割合は12.9%であり、諸外国 と比べて低水準である。諸外国ではおおむね30%以上であ る。日本政府は、 「2020年までに指導的地位(課長相当職以 上)の女性比率を30%にする」という目標を掲げていた が、低水準から抜け出すことができず、2030年に先送りし ていた。 意思決定層の多様性は、ROIやEBITマージン、株価パフォー マンス等といった業績指標とポジティブな相関関係がある ことが示されている。例えば、クレディ・スイスリサーチ 機関が2019年に発表した「Gender 3000[22]」では、管理職 におけるダイバーシティが企業の株価パフォーマンスの中 長期的な向上と相関関係があることが示された。経済産業 省が2023年に発表した「令和4年度「なでしこ銘柄」レポ ート」によると、選定企業17社群の過去10年における株価 指数平均は、2017年頃からTOPIX平均を上回り、新型コロナ ウイルス感染症の影響を受けた後も高い回復力を示してい ることが分かる。 田中が退職した半年後、利根川は、新卒2年目の棚田と会話 が上手くいかなくなっていた。棚田は、利根川と田中とと もに縦横無尽に動き、パートナー企業との連携や資金獲得 において突出した成果を出していた。企業連携数が拡大し てきたため、棚田のメンバーを採用し、棚田をリーダーに 組織化しようとした頃から、だんだんと会話が合わなくな っていった。ある日、棚田から「この会社で子どもを産め るイメージが持てません」と言われた。唐突だった。棚田 にはみんなのコードで働き続けて欲しかったが、利根川 は、なぜそのようなことを言われたか分からなかった上 に、何をどう改善したらいいのかも分からなかった。その うち、他のメンバーが同席しないと対話ができない状態へ と関係が悪化し、結局、棚田は退職していった。 [19] 性別や人種、職種、目に見える障害の有無などの属性の比率のことを指す [20] ダイバーシティを確保した上で、互いに認め合い、刺激しあう関係性のことを指す [21] 世界経済フォーラム「ジェンダー・ギャップ指数2024」 https://jp.weforum.org/publications/global-gender-gap-report-2024/ (2024/7/4確認) [22] 2012年から2019年にかけて、日本を含む56か国を調査対象に300企業30,000人の役員を分析 [23] 多くの人に浸透している先入観、思い込みや偏見のこと [24] 独立行政法人国立女性教育会館 「 「学校教員のキャリアと生活に関する調査」報告書」より引用 [25] 「教育する側が意図する、しないに関わらず、学校生活を営むなかで、児童生徒自らが学びとっていく全ての事柄」のこと 蒲田・堀の言葉 企業連携チームのメンバーとして採用された女性社員 蒲田 と堀は、棚田を慕ってコロナ禍に入社し、利根川と棚田の 関係性が悪化していく様子を見ていた。棚田の退職後もな んとか踏ん張って働いていたが、蒲田と堀の自己肯定感が 著しく下がる出来事が起きた。高校向けの授業用プログラ ミング教材をリリースする前に、サービスを改善するため の社内体験会が開かれた。参加した社員は順調に取り組ん でいたが、そのうち、蒲田と堀がついていけなくなった。 蒲田と堀は、プログラミング経験がなかった。利根川は、 高校の授業で実際に使われることを想定して「こんなに時 間がかかるのか」と他意なくつぶやいた。利根川の発言を 聞いていた蒲田と堀は、 「プログラミングが出来ない私がみ んなのコードで働いていて良いのだろうか」と自問するこ ととなった。 よく過去の困難について聞かれるが、大変だったことは正 直よく覚えていない。しかし、創業期を一緒に頑張って駆 け抜けてくれた若手社員が相次いで退職し、女性社員には 受け入れられていないように感じさせてしまっていたこの 頃を思い出すたび、いまも胸が痛む。 「上手く組織化するこ とができなかった」の一言では片付けられないのではない か。いったい何を見落としていたのだろうか。利根川は、 改めて、ダイバーシティ推進を取り巻く状況を確認するこ とにした。 テクノロジー分野における課題 テクノロジー分野に目を向けると、例えば、企業における 技術者やエンジニアに占める女性の割合は低く、やはり根 深いジェンダーギャップが横たわっている。内閣府が2022 年に発表した「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に 関する政策パッケージ」によると、STEM分野入学者に占め る女性の割合は、日本はOECD加盟国36カ国の中で最下位で あった。みんなのコードが発表した「2022年度 プログラミ ング教育・高校「情報Ⅰ」実態調査」によると、プログラ ミングの継続的な学習意欲や職業選択の見通しについて、 小中高のどの学校段階でも性別による意識差が認められ た。これは、 「女の子は女の子らしく」といったステレオタ イプ[23]の存在によって、幼少期からの様々な場面で社会や 家庭から受け取る偏った認識により、女子学生が無意識に 自身の選択肢を狭めている可能性が示唆された。学校に も、22.8%の教員が「理数系の教科は、男子の方が能力が高 い[24]」と考えているなど、隠れたカリキュラム[25]が存在 していた。 意思決定層や職種におけるダイバーシティの欠如は、思わ ぬ形でその影響が表出する。例えば、車の設計において は、自動車の衝突安全テストに用いられるダミー人形が平 均的な男性の体格にもとづいていたため、自動車事故で女 性の重症リスクが圧倒的に高いことが分かっている。AI技術 の活用においても、例えば、データセットに白人の男性が 多いことで、一部のグループが識別されない事象が発生し ている。身近なところでは、企業が公式SNSアカウントでの 情報発信の内容を誤り、インターネット上で炎上するケー スが散見される。同質性の高い組織では、さまざまなステ ークホルダーの立場に立った目を持てないため、社会のニ ーズと社内の認識のズレに気づくことが難しく、意思決定 の誤りやガバナンス上のリスクとなりえる。 一方、利根川は、新規事業を生み出すことに興味があっ た。ダイバーシティ&インクルージョンの観点で日本が立 ち遅れ、みんなのコードが事業を行っているテクノロジー 分野で発生している問題は、リスクというよりも解決すべ き新たな課題のように思えた。元従業員である田中の訴え も、今なら新規事業の種だと捉えられるような気がしてい た。利根川の価値観は、いつから、どのように変わったの だろうか。
  7. 推進に取り組んでみて、強固に築かれてきた同質性の高さ を後から変えることは容易ではないことを痛感しました。 こういった経験から、私は、ベンチャー企業における意思 決定層の多様化に貢献することを個人のライフミッション に掲げています。もし、みんなのコードと縁があれば、組 織が小さいうちに多様性の観点で何か埋め込めることはあ るか、そんな挑戦もしてみたいです。 」 第4章 組織の立て直し 創業期から拡大期へと移行しようとする中で、上手く組織

    化を図れずに限界を感じた利根川は、COOを採用すること を決めた。女性社員が活躍できる会社にするためにも、ぼ んやりと、COOは女性が良いのではないかと考えていた。 半年以上の採用活動を経て、杉之原 明子と出会った。杉之 原は、大学卒業後、ベンチャー企業に入社し、営業として 学校向け事業の立ち上げを行った。その後、子会社の取締 役として管理部門の立ち上げ、上場準備の経験を有してい た。子会社を設立して上場させるまでの6年間、すべての従 業員が働きがいと働きやすさを両立できる組織を目指し、 女性活躍に関するアワードを複数受賞するなど、ダイバー シティ推進にも精力的に取り組んでいた。採用面接で、み んなのコードでやってみたい仕事はあるか質問すると、杉 之原は堰を切ったように思いを打ち明けた。 「私が、すべての従業員が働きがいと働きやすさを両立で きる組織を目指した理由のひとつに、母の存在がありま す。私の母は、大学卒業後に大手商社に就職し、妊娠出産 を機に退職して専業主婦になりました。私が中学生になる 頃に中小企業に契約社員として再就職しましたが、私の目 には、母が自分のキャリアを犠牲にしてきたように見えま した。 そして、私が従業員を雇用する立場になったとき、育児中 の女性社員たちの可能性が埋もれていることに気がつきま した。時短勤務を理由に重要な仕事が任されていなかっ た。彼女たち自身も、 「自分には出来ない」と可能性にフタ をしていました。私は、彼女たちに母の姿を見たのです。 たしかに女性活躍に関するアワードも受賞しましたが、 2020年に上場した際、ふと後ろを振り返ると、取締役はお ろか、執行役員や事業部長の候補者に1名も女性がノミネー トしていないことに衝撃を受けました。働き方や働きがい を追求することと、意思決定層の多様性は地続きではな い。私はそれを証明してしまったのです。機会が公平に流 通していない構造がおかしいのではないか、ということに ようやく気がつきました。そして、実際にダイバーシティ COOの採用 2020年に、COOとして杉之原が加わった。利根川がすべて を決定していた創業期から事業拡大できる組織へと移行す るため、利根川は、早急に立て直す必要があったファンド レイジング部門[26]を杉之原に任せた。利根川は、杉之原 が、メンバーと一緒に実務をこなしながら信頼関係を築 き、チームミッションをメンバーと一緒に描いていく様子 を見守った。さらに、チームミッションに基づいて業務整 理を行い、例えば、金額は小さくなかったものの、ありた い姿に合致しない案件を契約終了に持っていく杉之原の姿 を見て、利根川は、自分の手を離れてより良い形でチーム が自走していく実感を持った。 一部署を杉之原に任せることはスムーズに進んだが、利根 川は、引き続き、ほとんどの会議を進行していた。杉之原 とどのように権限移譲を進めたら良いか分からないまま、4 ヶ月が過ぎた。そんな折、COOに初めて挑戦する杉之原の 学習機会になると思い、古巣であるラクスルCOO(当時) の福島 広造に情報交換の時間をもらった。利根川から近況 を聞き、権限委譲に課題があると判断した福島は、こう断 言した。 「COOを採用したのだから、任せなさい。利根川さ んはオペレーションが下手でしょう。自分が思っているよ りもずっと下手なのだから、早く手放しなさい」とハッキ リ言った。 ほどなくして利根川は、杉之原から、利根川が使うべき時 間軸と会議体が整理された会社の全体図を受け取った。未 来に向けて時間を使うべきだという観点が腹に落ち、自身 が仕切っていたほとんどすべての会議を杉之原に渡した。 腹が決まると、利根川は潔かった。 その後、困難な課題が起きるたびに、利根川は、杉之原と CEOとCOOの役割分担 [26] 非営利団体が活動のために資金を集める行為の総称。営利企業でいう資金調達のこと 会社全体の課題を眺めてはそれぞれの役割分担について議 論し、お互いに任せあうようになった。起業家タイプの利 根川と、業務執行タイプの杉之原は、目指すところは同じ でもやり方が大きく違った。互いに一歩も引かない場面も 度々あり、利根川は、ひとたび役割分担をしたら、任せき ることが肝要であることを学んだ。 2023年には従業員数が50名を超えたが、目立った離職や組 織崩壊はなかった。そして、単に組織の状態が良くなった だけでなく、ダイバーシティの観点が組織全体に埋め込ま れたことを実感する。社外からも「みんなのコードさん、 だいぶ印象が変わりましたね」と言われることが増えた。 利根川は、組織がどのように変わったか、振り返ってみる ことにした。
  8. 関係性の耕し 杉之原がみんなのコードに参画した2020年は、ちょうど新 型コロナウイルス感染症の影響に伴って在宅勤務に切り替 わったこともあり、オンラインコミュニケーションが模索 されていた時期でもあった。杉之原は、若手や女性社員ら がコミュニケーションを心地よく感じていない様子に気づ き、働くメンバー同士の関係性を良くすることに力を注い でいるようだった。 例えば、日々の仕事においては、すべての会議に「チェッ クイン」という仕掛けが導入された。チェックインは、会

    議に参加するすべての人が、会議の冒頭に、いまの気持ち や議論テーマに対して思っていることなどを一言ずつ発言 する仕組みである。これにより、役職、年齢や職歴に関わ らず、すべてのメンバーが口を開く習慣ができ、利根川以 外のメンバーが話す量が増えた。 さらに、会議の名称が次々と変更された。 「全社会議」は 「全校集会」 、 「1on1」は「雑談タイム」 、 「ミーティング」 は「オンライン立ち話」といった具合に柔らかい表現に変 わり、若手社員からは、 「いくら話しやすいカルチャーだか らと言っても、利根川やシニアのメンバーには緊張してい た」 「上司にきちんと報告しなければいけないと思って構え ていたが、会議の名前が変わり、上手くいっていないこと やプライベートのことを話してみようという気持ちになっ た」という声が聞こえた。 加えて、関係性の質を深めるための時間も設けられた。年2 回開催される全社オフサイトでは、毎回2時間程度をかけ て、それぞれのメンバーがみんなのコードに入社した理 由、得手不得手や人生でやりたいことなどを共有する時間 が持たれた。こういった小さな工夫と相互理解の時間の積 み重ねによって、利根川も、メンバーの仕事以外の顔を知 るようになった。 や稟議といった制度面が整えられていく中で、利根川は、 杉之原に「組織の意思決定力が弱いことが課題である」と 言われた。はじめはピンと来なかったが、たしかに、それ まで利根川は、書籍1冊の購入判断まで行っていた。 ベンチャー企業を上場させた経験を持つ杉之原は、限られ たリソースの中でどのように成果を最大化するかを模索 し、そして、組織が拡大していく段階における官僚化を経 験していた。そのため杉之原は、 「日々の事業活動において は、顧客に一番近い人が判断を行う」 「1人のリーダーより もリーダーシップの総量が大きいチームを作る」という信 念を持っているようで、社員が自ら判断できるように働き かけていった。 例えば、 「指示があればなんでもやります」と言うシニア世 代の元教員メンバーには、 「指示はありません。あなたはど うしたいですか?」と問い返し、 「どうしたらいいですか。 決めてください」と言う若手社員には、 「仮にあなたが決め るとしたら、どうしますか?」と問いかけていた。さらに 杉之原は、事あるごとに「役職名ではなく、単なる役割分 担である」と強調し、現場の意思決定力を引き上げなが ら、権限委譲を進めていった。 こうして、創業期のようにひとりひとりに自律して進めて ほしいと考える利根川と、利根川にお伺いを立てようとす る現場の関係から、現場が自分で考えて意思決定し、利根 川と杉之原をはじめとしたマネジメントチームは現場の意 思決定をサポートする役割へと変化していった。 第5章 組織の変化 お伺い文化からの脱却 共通言語と違和感の表現 利根川は、杉之原が開催する勉強会には積極的に参加し た。組織化するプロセスは初めてであったため、素直に学 び直す気持ちだった。勉強会は、主に若手社員を対象に、 契約書の読み方からベンチャーマネジメントといったスキ ル面、コーチングやダイバーシティ&インクルージョンと いった対話の質を向上させるための内容が実施された。若 手社員と一緒に時間を過ごしたことで、若手社員から違和 感が提示されるようになった。例えば、利根川には、納得 がいかない話が出ると顔が歪む癖があり、それが若手社員 に緊張を与えていた。若手社員は、勉強会で学んだ言葉を 使って利根川に違和感を伝えられるようになり、利根川も 自身の癖を改善しようと気をつけるようになった。 メンバー同士の関係性が耕され、共通言語が育まれていく 中で、徐々にダイバーシティに関する違和感がテーブルに 出るようになった。 「いまの発言はこういう観点から不快に 思った」 「それはあなたの目線ではないか」 「この色合いは 可愛くない」といった、これまではテーブルに出なかった ような発言が出るようになった。それまで全く気づきもし なかった内容も多く、そういった意見そのものが新鮮であ った。これらの違和感は、事業活動のスピードを落とす否 定的な材料ではなく、 「教えてくれてありがとう」と前向き な素材として受け止められた。 人の成長を信じる 利根川が杉之原から最も影響を受けたのは、人と向き合う 姿勢であった。杉之原は、メンバーのスキルやマインド面 を育成するだけでなく、メンバーと定期的に人生について 考える時間を持ち、前職も含めたキャリアを振り返り、決 まったキャリアを提示しづらいベンチャー組織における未 来の見通しについて対話をしているようだった。杉之原と メンバーの様子を見て、利根川は、的確にアプローチすれ ば、人は変わることを目の当たりにした。 それまでの利根川には「育成」という概念がなかった。機 会が人を育てると信じており、特定分野で突き抜けた人材 を採用し、良質な問いと環境さえあれば、活躍してもらえ るはずであると思っていた。しかし、若手人材に対しても 同じスタンスでいたことで、離職につながっていたことに 気がついた。いまも変わらず人材育成は苦手分野だが、利 根川は、これまでの経験だけでなく、メンバーや採用候補 者が人生において何を大切にしているのかに興味を持つよ うになった。 組織化にあたって、利根川は、これまでとは違うやり方や 考え方を受け入れる日々であったが、葛藤がなかったわけ ではない。2021年7月に開催された全社オフサイトで、利根 川は「杉之原が入社したことにより、前向きに組織が変わ りつつあることを実感している。一方で、自分が離れたほ うが良い形で推進されるということでもあり、正直、自分 がいる意義を喪失したときもあった」と全社員の前で自身 の感情を吐露した。 会議体やコミュニケーションの改善と並行して、各種規程
  9. 最初はよく理解ができなかったこともある。例えば、杉之 原は、新たな採用募集のたびに、時間的制約がある子育て 中の女性や、未経験だがポテンシャルがある女性を次々と 採用した。人材選びに誰よりもこだわってきた利根川は、 果たして組織を飛躍させる意思決定なのか、半信半疑であ った。しかし、利根川から見ても、杉之原と一緒に働く女 性社員は、生き生きと働き、リーダーシップが明らかに増 していた。やがて、入社当時は出産するイメージが持てな いと感じていた若手の女性社員が、 「むしろ、みんなのコー

    ドで長期的に働き続けたい」と言うようになった。さら に、新たなポジションの募集が出ると、女性社員からの紹 介が増えた。 いま振り返ると、2019年当時は、男性社員は20代から60代 までが働いていたが、女性は若手かつ独身社員しかいなか った。現在は、子育てをしながら働く女性、シングルマザ ー、若くして出産した女性、子どもを産まないと明言して いる女性が、それぞれの経験や葛藤をオープンに共有しな がら働いている。利根川は、女性社員がみんなのコードで 見る景色がまるで変わったことに気がついた。 そういった女性社員らの姿を見て、構成員が男性に偏って いるチームは、新たなポジションを出す際に、ジェンダー のバランスを勘案して候補者を探すようになった。結果と して、従業員の女性比率は、2019年21%から2024年57%へ と増加、指導的地位に占める女性比率も、2019年25%から 2024年には66%へと増加した(表1) 。 女性社員が見る景色が変わる [27] みんなのコード「D&I推進レポート」 https://speakerdeck.com/codeforeveryone/d-and-itui-jin-repoto-tekunorozifen-ye-noziendagiyatuputosonoqu-rizu-minituite (2024/7/4確認) [28] 業務執行の決定等を行う機関のこと [29] NPO法人における役員は、理事・監事を指す [30] みんなのコード「プログルラボ」 https://labs.proguru.jp/ (2024/6/26確認) [31] 文部科学省「令和5年度学校基本調査調査結果」より引用 こうした変化を受けて、利根川は、理事会[28]の構成に着手 した。会社設立以来、利根川を含めて男性の役員[29]で構成 されていたが、利根川は、半年かけて女性候補者を探し、 学校教育及び社会教育に知見を持つ女性に社外理事に就任 してもらうことができた。どうやら意思決定層のダイバー シティを推進することは簡単なことではないようで、杉之 原は、 「前職では、指導的地位に占める女性比率を30%にす るために直線的に取り組もうとしてなかなか上手くいかな かった。急いではいけなかったんだな」と利根川に打ち明 けた。 表1 従業員に占める女性の割合 出典:みんなのコード「D&I推進レポート」[27]より引用 事業活動とダイバーシティ推進 事業活動においても、プロダクト開発やサービス提供段階 で、ダイバーシティを取り込む動きが取られるようになっ た。2021年に、通信の仕組みを学ぶための「シーザー暗号 コース」という小学生向け教材の開発が進んでいた。構想 は利根川が作ったが、企画段階で行き詰まっていたことも あり、改めてアイディエーションを開催することにした。 アイディエーションには、20代から50代の男女半々のメン バーに声をかけ、 「小さいときに何をして遊んでいたか」と いうテーマでブレストを行った。利根川は、授業中に手紙 を回していたという女性社員の声から着想を得て、 「ひみつ の手紙コース」というコンセプトにたどりついた。 「ああ、 これは、教室の半分を占める女の子にも届くプロダクトに なるのではないか」と、参加した全員が実感を持つような 感動的な瞬間だった(図5) 。 図5  「ひみつの手紙コース」 「お絵かきコース」 出典:みんなのコード「プログルラボ」ページ[30] さらに、その後リリースした、画像のデジタル表現につい て学べる教材「お絵描きコース」も、女性社員のビーズ遊 びの体験から着想を得て開発したものであった(図6) 。 サービスの提供段階においても、例えば、小学校の女性教 員対象のプログラムが開始された。学校現場は、教員の 62.6%[31]を女性が占めているが、みんなのコードが過去3 年間にわたって小学校教員対象に実施したプログラミング 研修の参加者は、約8割が男性教員であった。教える側のジ ェンダーギャップを解消しようと女性教員に特化したプロ グラムが始まった。子どもの居場所事業においても、コン ピュータクラブハウス加賀は、施設を利用する子どもに占 める女の子の割合が10%を下回っていた。施設を運営する 社員や大学生メンターの男女比に気が配られるようにな り、ガールズデー等の取り組みが実施された結果、2023年4 月に女の子の割合が30%を超えた。 事業活動においてもダイバーシティに関する取り組みが行 われたことで、何もアンテナを立てずに事業活動を行うと 自然と男性に偏ってしまうが、工夫をすれば、これまで届 けられなかった人たちに価値を届けられることを社員も実 感した。そのうち、性別の違いだけでなく、子ども目線、 先生目線、東京と地方の観点など、違う立場に立ったとき にどうなるかがテーブルに上がるようになった。また、議 論が膠着した際には、当事者に話を聞きにいくアクション も取られるようになった。利根川も、事業づくりやプロダ
  10. クト開発の上流工程に多様性を確保することができれば、 提供するサービスや価値が豊かになり、それは他社が出来 ていない、みんなのコードの独自性であるという実感を持 つようになった。 社内外でさまざまな実感を重ねていくうちに、いつしか利 根川は、みんなのコードが社会を啓発していく存在になり たいと使命感を帯びるようになっていた。2024年に利根川 は、文部科学省が開催する有識者会議の委員に選定され た。 「委員におけるジェンダーの観点はいかがですか」と確

    認したところ、 「利根川さんにそう言われると思いました。 危機感を持って対応しました。問題ないです」という返答 があった。利根川は、この4年間を振り返り、思わずチーム メンバーとガッツポーズをした。 組織と事業を行き来しながら組織変革を行う中で、利根川 は、杉之原から「共通の価値観であるバリュー[32]が組織に 浸透していないのではないか」という課題提起を受けた。 バリューは、創業期に、利根川がみんなのコードの未来を 思って作ったものだった。愛着があるだけに、すんなりと 受け入れられたわけではなかったが、無理に浸透させるよ りも、組織の成長に伴ってバリューもアップデートする必 要があるのだろうと、杉之原に任せることにした。 杉之原によって、2022年から1年半かけてバリューの改定プ ロジェクトが推進され、全社員が参加するブレストが3回開 催された。 「働くよろこびは何か」 「何を大切にしたいか」 といった議論から観点が洗い出され、その後、少人数の議 論を重ねて「子どもからはじめよう」 「気づきに行こう」 「やってみよう」 「仕組みにしよう」という新しいバリュー が紡がれた(図7) 。 特に、多様性の重要性を意味する「気づきに行こう」は、 それまでのバリュー「多様性を強みに」がアップデートさ れたものであるが、最後まで表現が固まらず、杉之原はう なっていた。 「マジョリティ目線の表現ではないか」 「”気づ かないことに気づこう”はどうか」 「いや、気づかないこと にすら気づいていないのだから、そもそも気づけないので はないか」といった議論を経て、 「気づきに行こう」に込め た思いが次のようにまとめられた。 「前提として、私たちは、いずれかの側面から見れば同質 性が高いことを自覚しています。同質性によって視野が狭 くなり、見落としを生む可能性があることを理解していま す。だからこそ、私たちの“あたりまえ”の外にある情報や視 バリューの改定 図6  「お絵かきコース」を使った授業の様子 出典:みんなのコードより提供(宮城教育大学附属小学校との実証研 究) 利根川の変化 このような変化の中で、利根川は、公の場で多様性の重要 性に言及するようになった。国の有識者会議や経営会者の 集まりで、ダイバーシティに課題があることを指摘した り、登壇者に女性がまったくいないイベントには、社内外 問わず女性の適任者を推薦するようになった。 使命感から行動しているというよりは、利根川にとって、 自然なことであった。それほど利根川は、ダイバーシティ 推進に関する情報を大量に浴びていたのである。元従業員 の田中はテクノロジー分野におけるジェンダーギャップ解 消を目指してWaffleを設立し、利根川は社外理事に就任して いた。大学時代からの友人である佐俣は、自身のベンチャ ーキャピタルを通じて資金調達環境におけるジェンダーギ ャップに関するポジティブアクションを行っていた。COO の杉之原は、ライフミッションに意思決定性の多様化を掲 げて任意団体を立ち上げ、みんなのコードにおいても、女 性や若手社員を育成及び引き上げていた。利根川に近い存 在からのアクションやふるまいは、日々、容赦なく目に入 ってきた。 [32] みんなのコードのバリューは、ビジョンの実現のために大切にしたい行動指針を指す 点を見ようとし、他者の声を聞く機会をつくり、気づいて いないことに気づける私たちでありたい。 気づきに行くということは、ときに痛みと向き合うことで もあります。反対意見や違和感を受け取ることもあるでし ょう。それら異なる意見や視点もリスペクトし、面白が り、吸収していきたい。その過程で私たちができること、 影響を及ぼせる可能性を見つけ、 「やってみよう」へとつな げていきましょう。 」 利根川は、自身がつくったバリュー「多様性を強みに」と 比較し、一緒に働く人のバックグラウンドを重視する観点 から、社内外から多様な視点を積極的に取り込み、事業を 通じて社会課題を解決していく観点へと発展したことを実 感した。バリューの議論は、従業員が日々の判断に迷った ときに使える表現にしようというコンセプトで進んだ。ひ とつずつ出来上がっていく中で、利根川は、 「経営者のポエ ムでは、結局使われないんだよな」とつぶやいた。 ビジョンの改定 図7 バリューの改定 出典:みんなのコードより提供 バリューの改定に合わせて、利根川は、ビジョンを「誰も がテクノロジーを創造的に楽しむ国にする」へとアップデ ートした。事業領域、受益者が広がる中で、組織がこれま でのビジョンを超えたと感じた。 「誰もが」には、地域・家
  11. [33] みんなのコード「D&I推進レポート」 https://speakerdeck.com/codeforeveryone/d-and-itui-jin-repoto-tekunorozifen-ye-noziendagiyatuputosonoqu-rizu-minituite (2024/7/4確認) [34] 相手に配慮したわかりやすい日本語のこと 庭の経済環境、学校に行っているか、性別や母語の違い等 に関わらずインクルーシブに取り組むという、ダイバーシ ティ推進に取り組む中で得た気づきを込めた。 「テクノロジ

    ーを創造的に楽しむ」には、創業時から変わらず、子ども たちが、消費者としてテクノロジーに慣れ親しむのではな く、自己表現をしたり、身の回りの課題を解決したり、プ ログラミングを含むデジタルで価値を創る姿を想像した。 「国にする」には、条件が不利な地域や、見落としがちな 子どもたちにこそ機会が届く仕組みを作りたいという思い を込めた。 ビジョンとバリューが改定されたことにより、社員は、 「私 たちは、“誰も”に届けられているのだろうか」という問いを 口にするようになり、それを解決するプロセスにおいては 「それは、子どもにとってはどうか」 「当事者の声を聞いて みよう」といった会話がされるようになった。 利根川は、事業活動と政策提言による仕組みをつくること によって、みんなのコードをより大きなインパクトをもた らす存在へと成長させていきたいと考えているが、本気で ダイバーシティに取り組んでいるからこそ感じるのは、ダ イバーシティ推進によるインパクトは、会社や社会に成果 が還元されるまでに長い時間を要するということだ。数あ る経営課題の中で、ダイバーシティ推進に注力すること は、企業成長にどのようにつながるのだろうか。 2019年から2023年の組織の変化を振り返ると、総じて、情 報教育にまつわるジェンダーギャプの課題が、そっくりそ のままみんなのコードの中で起きていた(図8) 。 もし、社内のダイバーシティの欠如に気づかずに、それま でと同じ意思決定と組織行動をしていたら、いまも、利根 川を頂点とした男性中心のメンバーで開発したサービス を、情報教育の教え手に男性が多い学校に届けるという構 図であっただろう。 「誰もがテクノロジーを創造的に楽しむ 国にする」というビジョンを掲げていながら、テクノロジ ー分野のジェンダーギャップが生まれる構造を強化する側 にいたと思うと、それは怖いことだと感じた。 現在利根川は、経営チームと一緒に、中期戦略を議論して いる。次の10年に向けて、みんなのコードが生み出すイン パクトを、質的にも量的にも示したいと考えている。戦略 には、学校教育事業、子どもの居場所事業と同列にダイバ ーシティ推進を追加した。利根川を含む経営チームは、ダ イバーシティに取り組むことが事業を通じて社会を良くす るために欠かせないドライバーであることを確信していた が、 「ダイバーシティ推進を事業活動と同列に位置付けなけ れば、私たちは自然と見落としてしまう。あっという間に 第6章 ダイバーシティ推進と戦略 戦略にどう位置付けるか 図8 事業活動及び組織の課題 出典:みんなのコード「D&I推進レポート」[33]より筆者編集 新規事業の種 ダイバーシティの重要性は、イノベーションの創出に欠か せない要素としても挙げられるが、みんなのコードの新規 事業の種も、たびたび従業員の多様な価値観から生まれて いた。たしかに、のちにWaffleとなるテクノロジー分野のジ ェンダーギャップ解消事業の種を受け入れることは出来な かったが、2019年から子どもの居場所事業を率いている石 川県在住の男性社員 末岡は、過疎地域の教育機会の格差に 強い原体験を持っており、みんなのコードに地方・地域目 線が加わった。 新たな取り組みも始まっている。地方に住む子どものキャ リアの選択肢格差を解消したいという思いを持った女性社 員 堀によって企業と連携したキャリア教育サービスの検証 が始まり、2023年には、日本語が母語ではない子どもへの 支援に思いを持つ女性社員 秦野が中心となって、 「プログ ル」に「やさしい日本語[34]」への言語切り替え機能が実装 された。これらの取り組みは、まだ始まったばかりだが、 手弁当で取り組むのではなく、企業や財団の共感を生んだ ことから、検証の段階から資金面でのサポートを得て実施 することができていた。 元に戻ってしまうリスクがある」という議論を経て、事業 活動と同列に位置付けることにした。
  12. [35]みんなのコード「会社紹介資料」 https://speakerdeck.com/codeforeveryone/code-for-everyone (2024/7/4確認) [36] 人生の成功に結びつく社会情動的スキル(非認知的スキル)に関するOECDの研究成果による [37] サントリーホールディングスは、2024年に10代に向き合うNPO等と共同するための「サントリー“君は未知数”基金」を設立 [38] ロート製薬は、2024年に子どもをめぐる社会課題の解決・改善に向けて活動する団体を支援するための「ロート子ども夢基金」を設立 が、利根川は、置かれている事情や環境によって得られる

    機会の格差が広がらないためにも、日本企業が子どもを育 て合う環境をつくる必要があると考えていた。子どもの発 達過程における初期の投資が、その後の高いスキルの習得 と大人になったときの肯定的成果につながっていくためで ある[36]。 企業の経営においては、売上利益の成長を実現するだけで なく、社会的責任が期待されるようになり、投資家は、環 境や人的資本を含む非財務情報を踏まえて中期的な成長可 能性を判断するようになった。2023年には、経済同友会、 インパクトスタートアップ協会、新公益連盟が連携を強 め、それぞれのセクターが協働して共助資本主義の考え方 を体現しようという動きが生まれていた。実際、2024年に は、サントリー[37]やロート製薬[38]といった経済同友会加 盟企業が基金を設立し、非営利セクターと共同する仕組み を発表した。 ステークホルダーを取り巻く変化 学校教育を取り巻く変化 図9 事業活動及び組織の課題 出典:みんなのコード「会社紹介資料」[35]より引用 みんなのコードを設立して10年が経とうとしている。利根 川は、ラクスルの非エンジニアや子どもたちにイベントを 開催した頃を思い出していた。決して、大きなインパクト をもたらそうと思ってみんなのコードを設立したわけでは なかった。しかし、目の前の課題を解くうちに、日本のテ クノロジー分野における教育格差をなくしたい、すべての 子どもに届く仕組みをつくりたいという思いが確かなもの になり、事業活動にとどまらず、政策提言も含めて社会を 変える方法を考えてきた。 ダイバーシティ推進もそうではないか。解くべき課題が目 の前にある。これまでの社会や企業の構造では、取り込ま れてこなかった人々の声を聞き、組織づくりと事業活動を 通じて、社会を変えていく。本当の意味で、すべての子ど もに機会を届ける仕組みをつくれるのではないか。 利根川は、次の10年に思いを馳せた。 エピローグ 2019年からのたった4年の間で、学校教育を取り巻く環境は 随分と変化した。コロナ禍で、1人1台のインターネット端 末の配置が加速した。2022年末には、誰もが簡単に使える 生成AIサービスが登場した。利根川は、生成AIサービスを触 り、教育のあるべき姿が大きく変わるという予感と危機感 を持った。2030年に改訂される予定の学習指導要領は、 2024年頃から議論が本格化する予定であった。利根川は、 教育行政、学術機関や学校現場が情報教育のありたい姿を 議論する材料を作るために、社内に「生成AIシフトしよう」 という号令をかけ、小中高と共同して生成AIを使った授業実 践及び教材開発を推進した。生成AIを鼻から否定的に捉える のではなく、道具として使いこなすにはどうしたらいいか という観点で政策提言につなげている(図9) 。 経済に目を向けると、日本は依然として労働生産性が低 く、デジタル人材の不足が叫ばれて久しい。IMDが発表した 「世界デジタル競争力ランキング2023」によると、日本は 64カ国中32位であり、2017年の調査開始以来過去最低とな った。人材においては「デジタル/技術的スキルの可用性 (63位) 」や「上級管理職の国際経験(64位) 」が相対的に 遅れていると言える。政府も、社会人のスキルセットを転 換するためのリスキリングに予算を投じる決定をしている
  13. [39] 表1「従業員に占める女性の割合」を参照のこと [40] みんなのコード「テクノロジー分野におけるジェンダーギャップの解消に関する取り組みについて」 https://code.or.jp/policy-gender/ (2024/7/4確認)  みんなのコードは、 「誰もがテクノロジーを創造的に楽しむ国にする」をビジョンに掲げ、 2015年の団体設立以来、小学校・中学校・高等学校及び地域において、プログラミング教育 を中心に情報教育の発展に向け活動してきました。

     私たちがビジョンを実現するために大事にしている問いは、果たして「誰も」に届けられて いるか、ということです。私たちは、この問いをもとにさまざまな格差を埋める取り組みを行 っていますが、特にテクノロジー分野においては大きなジェンダーギャップが認められるた め、みんなのコードでは、重点的な取り組み事項としています。  以下に、テクノロジー分野におけるジェンダーギャップの解消に向けて、私たちが大切にし ているアクションと考え方を示します。 1.情報教育に関わるアクション  私たちは、全国の学校現場、先生方、教育行政、学識経験者、企業、地域の方々と共に、未 来の日本の情報教育を創る存在でありたいと考えていますが、社内外において、テクノロジー 分野及び情報教育を取り巻くステークホルダーが男性に偏っていることを認識しています。  社内においては、プロダクト開発におけるアイディエーション及びマーケティング段階にお けるジェンダーバランスを改善しています。社外においては、政策に関する各種調査・会議に おいてジェンダーギャップが認められる場合は、その課題を共有できるよう具体的なアクショ ンをはかっております。 テクノロジー分野におけるジェンダーギャップの解消に関する取り組みについて 特定非営利活動法人みんなのコード 代表理事 利根川裕太 2.学校教育に関わるアクション  私たちは、プログラミングを含む情報教育において女性教員の積極的な参画を促進し、最終 的には、学校教育における「ITや理系は男性が選択するもの」といった無意識の思い込みやジ ェンダーギャップの解消を目指しています。  女性教員が自信を持ってプログラミング教育に取り組める環境をつくることで、性別問わず 多くの子どもがテクノロジーに興味を持つきっかけを作ることができると考えています。ま た、思いを同じくする女性教員同士がつながり、プログラミングを教えることへの不安や疑問 を共有しながら取り組めるコミュニティづくりをサポートします。 4.登壇ポリシー  登壇に際しては、私たちが主催する場合にジェンダーバランスを留意するだけでなく、招待 いただいた機会についても、ジェンダーバランスに課題があるものは主催者に改善されるよう 依頼し、必要あれば他の候補者の推薦を行っております。 5.組織づくり  私たちは、2018年に作成したバリューのひとつに「多様性を強みに」を掲げ、働くメンバ ーの属性や年齢のダイバーシティを配慮しながら組織を拡大してきました。組織の意思決定に おける女性比率は下表[39]に示すとおりであり、継続して取り組む必要があります。  加えて、各職種におけるジェンダーバランスにも課題があることを認識した上で、2023年 に、多様性に関するバリューを「気づきに行こう」にアップデートしました。組織の多様性を 認識することから一歩進め、私たちが見落としている多様な視点を取り入れ、事業を通じて社 会に届けることを目指したいという思いからです。  ビジョンに掲げる「誰も」に届けるアクションができているか、自分たちから気づきに行け る組織づくりに注力します。  みんなのコードは、ジェンダーギャップの解消に向けた取り組みを続け、テクノロジー分野 における多様性を向上することで、子どもにとってより良い未来を築くことに貢献してまいり ます。  私たちの活動に関心を持っていただいた皆様のご支援やご協力を心よりお願い申し上げま す。 以上 最終更新日 2024年3月26日 参考資料 テクノロジー分野におけるジェンダーギャップの解消に関する取り組みについて 出典:みんなのコードホームページ[40] 3.子どもの居場所事業に関わるアクション  私たちは、10代の子どもたちが無料で最先端のテクノロジーに触れられる子どもの居場所 を運営しています。これらの施設はどなたにでもご利用いただけますが、利用者のジェンダー バランスから必要だと判断した場合、女子及びジェンダーマイノリティに届けるための取り組 みを実施します。  これにより、一時的に対象者以外の子どもたちの施設利用が制限される場合がありますが、 すべての児童・生徒がプログラミングやテクノロジーに触れ、楽しみ、自分の可能性を広げら れる環境の整備、公平な機会の提供に取り組んでまいります。何卒ご理解いただけますと幸い です。
  14. [1] アニー・ジャン=バティスト(2021) 『Google流 ダイバーシティ&インクルージョン』ビ ー・エヌ・エヌ [2] キャロライン・クリアド=ペレス(2020) 『存在しない女たち』河出書房新社 [3] 経済協力開発機構(OECD)(2018)

    『社会情動的スキル―学びに向かう力』明石書店 [4] 松原明・大社充(2022) 『協力のテクノロジー』学芸出版社 [5] Code.org ホームページ https://code.org/ (2024/6/26確認) [6] Corinne Post, Boris Lokshin, and Christophe Boone(2021)Research: Adding Women to the C-Suite Changes How Companies Think(Harvard Business Review) (2024/7/12確認) [7] Forbes Japan「30 UNDER 30 JAPAN」 https://forbesjapan.com/feat/30under30/2020/ (2024/8/8確認) [8] Forbes Japan「元ラクスルの「非営利スタートアップ」が挑む。セクターを越えた新・社 会課題解決法」 https://forbesjapan.com/articles/detail/71603 (2024/7/4確認) [9] Hour of Codeホームページ https://hourofcode.com/jp (2024/6/26確認) [10] Paul Gompers and Silpa Kovvali(2018)The Other Diversity Dividend(Harvard Business Review) (2024/7/28確認) [11] Waffleホームページ https://waffle-waffle.org/ (2024/6/26確認) [12] クレディ・スイス「ジェンダー3000レポート」 https://www.credit- suisse.com/media/assets/corporate/docs/about-us/media/media-release/2019/10/2019-10- 18-cs-gender-3000-press-release-japan-ja.pdf (2024/7/4確認) [13] 経済産業省「令和4年度「なでしこ銘柄」レポート」 https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/R4nadeshikoreport.pdf (2024/7/4確 認) [14] 経済同友会「共助資本主義」 https://www.doyukai.or.jp/newsrelease/2023/kyojo.html (2024/7/4確認) [15] 国際経営開発研究所(IMD) 「2023年世界デジタル競争力ランキング日本は総合32位、過 去最低を更新」 https://www.imd.org/news/world_digital_competitiveness_ranking_202311/ (2024/7/4確認) [16] 国立女性教育会館 「 「学校教員のキャリアと生活に関する調査」報告書」 https://www.nwec.go.jp/about/publish/2018/ecdat60000002eli.html (2024/7/4確認) [17] 世界経済フォーラム「ジェンダー・ギャップ指数2024」 https://jp.weforum.org/publications/global-gender-gap-report-2024/ (2024/7/4確認) [18] サントリーホールディングス「サントリー“君は未知数”基金」 https://www.suntory.co.jp/company/csr/kimi_wa_michisu/program.html (2024/7/26確認) [19] 総務省統計局「統計トピックスNo.137 我が国のこどもの数」 https://www.stat.go.jp/data/jinsui/topics/topi1371.html (2024/7/4確認) [20] 総務省「平成28年版 情報通信白書」 https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/h28.html (2024/7/13確認) [21] 総務省「学校基本調査 / 令和5年度 初等中等教育機関・専修学校・各種学校 学校調査・学 校通信教育調査(高等学校) 学校調査票(小学校) 」 https://www.e-stat.go.jp/stat- search/files?stat_infid=000040127829 (2024/7/14確認) [22] 内閣府「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」 https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kyouikujinzai/saishu_print.pdf (2024/7/4確認) 参考文献 [23] 内閣府「特定非営利活動法人の認定数の推移」 https://www.npo- homepage.go.jp/about/toukei-info/ninshou-seni (2024/6/26確認) [24] 内閣府「令和5年度特定非営利活動法人に関する実態調査」 https://www.npo- homepage.go.jp/toukei/npojittai-chousa/2023npojittai-chousa (2024/6/26確認) [25] 内閣府男女共同参画局「諸外国における企業役員の女性登用について」 www.gender.go.jp/kaigi/senmon/keikaku_kanshi/siryo/pdf/ka15-2.pdf (2024/7/12確認) [26] 内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書 令和5年版」 https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r05/zentai/pdfban.html (2024/7/12確 認) [27] 日本生産性本部「日本の労働生産性の動向2015年版」 https://www.jpc- net.jp/research/assets/pdf/R89attached2.pdf (2024/7/12確認) [28] 野村総合研究所「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」 https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2015/151202_1. pdf (2024/7/4確認) [29] 文化庁「在留支援のためのやさしい日本語ガイドラインほか」 https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kyoiku/92484001.html (2024/7/26確認) [30] みんなのコードホームページ https://code.or.jp/ (2024/6/26確認) [31] みんなのコード「2019年度活動報告書」 https://code.or.jp/wp- content/uploads/2023/11/2019_activity_report.pdf (2024/7/14確認) [32] みんなのコード「2022年度 プログラミング教育・高校「情報Ⅰ」実態調査」 https://speakerdeck.com/codeforeveryone/2022nian-du-hurokuraminkujiao-yu-gao-xiao- qing-bao-i-shi-tai-diao-cha-bao-gao-shu (2024/7/4確認) [33] みんなのコード「2023年度活動報告書・2024年度活動方針」 https://speakerdeck.com/codeforeveryone/annual-report2023 (2024/7/14確認) [34] みんなのコード「D&I推進レポート」 https://speakerdeck.com/codeforeveryone/d-and- itui-jin-repoto-tekunorozifen-ye-noziendagiyatuputosonoqu-rizu-minituite (2024/7/4確認) [35] みんなのコード「会社紹介資料」 https://speakerdeck.com/codeforeveryone/code-for- everyone (2024/7/4確認) [36] みんなのコード「テクノロジー分野におけるジェンダーギャップの解消に関する取り組み について」 https://code.or.jp/policy-gender/ (2024/7/4確認) [37] みんなのコード「プログル」 https://proguru.jp/(2024/6/26確認) [38] みんなのコード「プログルラボ」 https://labs.proguru.jp/ (2024/6/26確認) [39] 文部科学省「小学校学習指導要領」 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new- cs/youryou/syo/ (2024/7/4確認) [40] 文部科学省「人権教育の指導方法等の在り方について[第二次とりまとめ] 」 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/jinken/06082102.htm(2024/7/4確認) [41] 文部科学省「令和5年度学校基本調査調査結果」 https://www.mext.go.jp/content/20230823-mxt_chousa01-000031377_001.pdf(2024/7/4確 認) [42]ロート製薬「ロート子どもの夢基金」 https://www.rohto.co.jp/news/release/2024/0410_01/ (2024/7/26確認)