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ポストSaaS時代:コンポーザブル、エージェント 型、成果指向ソフトウェアへの移行を読み解く

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November 01, 2025

ポストSaaS時代:コンポーザブル、エージェント 型、成果指向ソフトウェアへの移行を読み解く

エグゼクティブサマリー
本レポートは、ソフトウェア業界が直面している構造的な地殻変動を包括的に分析するものである。「 SaaSは死んだ」という挑発的な議論を起点とし、人間中心のSoftware as a Service(SaaS)モデル から、自律的なAIエージェントがコンポーザブルなソフトウェアスタックと相互作用するエコシステム への移行を詳細に解説する。SaaSが文字通り消滅するのではなく、むしろアンバンドル化され、再構 成されているというのが本レポートの核心的な見解である。価値の源泉は、ソフトウェアへのアクセ ス権から、自動化されたビジネス成果そのものへとシフトしている。
この変革の背景には、2つの大きな力が存在する。第一に、従来のSaaSモデルが直面する経済的な 飽和状態である。市場の成熟に伴う顧客獲得コスト(CAC)の急騰、高い解約率、そして企業内での「 SaaSスプロール」と呼ばれるアプリケーションの無秩序な増殖は、サブスクリプションモデルの持続 可能性に深刻な疑問を投げかけている。第二に、エージェントAIという破壊的な技術の出現である。 AIエージェントは、ソフトウェアの主要な「エンドユーザー」として人間を置き換えつつあり、これにより SaaSモデルの根幹をなす「シート単位課金」と「グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)」という2 つの柱が根本から揺らいでいる。
この分析を通じて、次世代のソフトウェアの輪郭が明らかになる。それは、モノリシックなアプリケー ションではなく、AIによってオーケストレーションされる、専門特化した成果指向のサービスの集合体 である。本レポートでは、この新しいパラダイムを「水平(Horizontal)」と「垂直(Vertical)」という2つ の軸で解き明かす。水平軸では、ファンデーションモデル、コンポーザブルアーキテクチャ、モダン データプラットフォーム、そして商用オープンソースソフトウェア(COSS)から成る、次世代のインテリ ジェンススタックを分析する。垂直軸では、特定の業界(ヘルスケア、金融、製造業など)の固有な課 題を解決するために構築された、高精度な「Vertical AI」ソリューションの台頭を検証する。
最終的に本レポートは、SaaSインキュンベント、AIネイティブスタートアップ、ソフトウェアを導入する 企業、そして投資家という4つの主要なステークホルダーに対し、このポストSaaS時代を乗り切るた めの戦略的指針を提示する。ソフトウェアの構築、販売、そして消費の方法が根本的に変わる中で、 未来は、自律的にビジネス成果を提供するインテリジェントなシステムを構築し、活用できる者に属 するのである。

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Transcript

  1. 従来のSaaSモデルは、経済的飽和と技術的陳腐化に直面している 成熟したSaaS市場は、そのビジネスモデルの基盤に亀裂が生じています。 経済的逆風 顧客獲得コスト(CAC) +55% 過去3年間で平均CACが上昇。回収期間が35ヶ月に達するケースも。 月次チャーン率(B2B) 3.8% 常に顧客離れとの戦いを強いられています。 経営の課題

    ユーザーの負担 SAASアプリケーション数 371個 平均的な企業が導入しているアプリケーション数。 無駄な支出 最大39% 未使用のライセンス(シェルフウェア)による無駄。 技術的課題 「コストを度外視した成長」から「収益性重視」への転換 ▸ マクロ経済の不確実性による経営圧力 ▸ データのサイロ化とインテグレーション困難 ▸ ナレッジワーカーが週12時間をデータ追跡に費やす ▸
  2. ソフトウェアの主要な消費者は人間から自律型AIエージェントへと移行して いる AIエージェントはAPIを介して自律的にシステムと対話し、人間によるボトルネックを解消し、システム横断でワークフロー全体を実行します。 属 性 従来のSaaSモデル ポストSaaS(エージェント型)モデル 主 要 ユ

    ー ザ ー 人間のオペレーター 自律型AIエージェント 主 要 イ ン タ ー フ ェ ー ス グラフィカルユーザーインターフェース(GUI) アプリケーションプログラミングインターフェース(API) 課 金 モ デ ル シート単位/サブスクリプション 使用量ベース/成果ベース 中 核 的 な 価 値 提 案 ソフトウェア機能へのアクセス ビジネス成果の提供 次のスライドでは、成果経済への移行を支える3つの新しいビジネスモデル(RaaS、UBP、Outcome-Based Pricing)について、それぞれの定義と特徴を詳細に説明します。
  3. 次世代のソフトウェアは、AIによってオーケストレーションされるモジ ュール化されたスタックである モノリシックなアプリケーションではなく、AIによってオーケストレーションされる、専門特化した成果指向のサービスの集合体です。 ファンデーションモデル 新しいOSとして機能する巨大な「インテリジェンス層」。高度なマルチモーダル推論能力とエージェント的なワークフロ ー実行能力を備えています。市場は、OpenAI (GPT-5)、Google DeepMind (Gemini 2.5)、Anthropic

    (Claude 4)、 Meta AI (Llama 4) の4社によって支配されており、これらのモデルは急速に収斂しつつあります。 例:GPT-5、Gemini 2.5、Claude 4、Llama 4 コンポーザブルアーキテクチャ エージェントのためのAPI駆動型、モジュール化されたシステム。MACH原則(Microservices、API-first、Cloud- native、Headless)に基づいており、俊敏性と独立したスケーラビリティを実現します。成熟したMACHアーキテクチャ を持つ企業は、AIの導入に成功する確率が2倍(77%対36%)高いことが実証されています。 例:MACH原則、Packaged Business Capabilities(PBCs) 1 2
  4. 汎用的な水平型AIは、業界固有の深い専門知識と精度を欠いている 純粋に水平的なアプローチには、本質的な限界が存在します。 ◆ 専門性の欠如 汎用的なインターネットデータでトレーニングされ た水平型AIは、業界固有のニュアンスに対応でき ず、深い文脈を欠いた一般的な出力しか生成できま せん。 医療、金融、法律などの専門分野では信頼性が低い ◆

    高い運用コスト 水平型プラットフォームを特定のワークフローに合 わせてカスタマイズ・統合するには、時間とコスト がかかります。多くのドメインで広範な能力を維持 することは、計算効率が悪い。 導入から本格運用までの期間が長く、ROI実現が遅 延 ◆ ハルシネーションのリスク 水平型エージェントは、もっともらしいが誤った回 答を生成する可能性があり、ミッションクリティカ ルなアプリケーションにおいて重大なリスクを生み 出します。 金融取引や医療診断など、高い精度が求められる領 域では不適切
  5. Vertical AIは、深いドメイン専門知識を統合し、高価値な課題を解決す る Vertical AIは、単なるAI機能を付加したSaaSではなく、特定の業界が抱える高価値な課題を解決するために、深いドメイン 専門知識を統合した、根本的に異なるアプローチです。 属性 水平AI(汎用プラットフォーム) 垂直AI(特化型ソリューション) 焦点

    広範で汎用的な能力 単一業界における深い専門知識 データ 巨大で汎用的なインターネットデータ 精選されたドメイン固有のデータセット 精度と信頼性 一般的な出力や「ハルシネーション」に陥りやすい 検証可能な情報源に基づいた高い精度 ワークフロー統合 大規模なカスタム統合作業が必要 既存の業界ワークフローにシームレスに適合 価値実現までの時間 遅い。広範な開発が必要 速い。特定のユースケース向けにパッケージ化済み 防御可能性 低い。基盤となるファンデーションモデルに依存 高い。独自のデータ、ワークフロー統合、信頼性に基づく 理想的なユースケース 一般的な生産性向上、コンテンツ作成、初期調査 ミッションクリティカル、規制対象、複雑なビジネスプロセス GTMモーション 多くはプロダクトレッドグロース(PLG) 初期はセールスレッドグロース(SLG)、その後PLG
  6. Vertical AIは、特定の業界の複雑な問題を解決し、市場を拡大している ヘルスケア 事例 医療画像診断、マルチエージェントAIシス テムによる協調的な診断チーム。Qure.ai のような企業は、結核や肺がんのAI診断を 提供しています。 インパクト 2.2倍

    AIの導入率は経済全体の2.2倍に達しており、 診断の精度と速度を向上させています。 金融サービス 事例 不正検知とリスク管理、アルゴリズム取 引。AIシステムは膨大な取引データをリア ルタイムで分析し、異常やパターンを特定 します。 インパクト リアルタイム 人間のアナリストでは見逃してしまうような異 常を検出し、精度と速度を向上させています。 製造業 事例 予知保全、AI品質管理。AIがセンサーデー タを分析し、機器の故障を予測。画像認識 で微細な欠陥を検出します。 インパクト 50% + 20% 計画外のダウンタイムを最大50%削減、不良 品コストを20%以上削減します。
  7. ポストSaaS時代を乗り切るための戦略的指針 SaaSインキュンベント エージェントのための再設計 製品を機械主導のインタラクションをサポートす る、堅牢で安全なAPIファーストの設計に再設計。 焦点は、人間のためのインターフェース構築から、 エージェントのためのインフラ構築へと移行。 新しいビジネスモデルの採用 シート単位課金からの脱却を準備。UBP、成果報酬 型課金、ハイブリッドモデルを実験的に導入。使用

    量の計測、請求、価値測定における新たな能力開発 が必要。 ドメイン専門知識の獲得 成果報酬型の世界で競争するために、深い垂直的専 門知識を開発。専門企業の買収や、専門の業界チー ム構築を検討。 AIネイティブスタートアップ 軸の意図的な選択 水平的なプラットフォーム戦略(ハイリスク・ハイ リターン)か、垂直的なソリューション戦略(より 確実性の高い道)かを早期に決定。 垂直的焦点がデフォルト ほとんどのスタートアップにとって、最も実行可能 な道は「広い網ではなく槍を投げる」こと。十分に サービスが提供されていないニッチで、特定の高価 値な問題を解決。 信頼のためのGTM構築 初期のハイタッチなセールスレッドグロース (SLG)アプローチが不可欠。その後、PLGでスケ ールを試みる。 導入企業 調達の再構築 ソフトウェア評価を機能リストの比較から、成果保 証とリスク共有モデルの比較へとシフト。予測可能 な階層や使用量の上限を含む契約を交渉。 新しいガバナンスモデル 自律型エージェントがより多くの業務を実行するに つれて、トレーサビリティ、コンプライアンス、説 明責任を確保するための堅牢なガバナンスを構築。 新しい組織的役割 「エージェントオペレーション」や「AIワークフロ ースチュワードシップ」といった、人間に焦点を当 てた新しい役割を創出。
  8. 未来は成果を保証するシステムに属する ソフトウェアの価値の進化 1 製品 オンプレミスソフトウェア。箱を買う。 → 2 ユーティリティ SaaS。サービスに加入する。焦点はアクセスと機能。 →

    3 保証された結果 ポストSaaS。成果を購入する。 ポストSaaS時代の定義 ソフトウェアに対する視点が、テクノロジー中心からビジネス中心へと移行します。エージェントAIは、人間が仕事をするためのツールを 提供するだけでなく、ソフトウェアが自律的に「仕事をする」能力を提供します。これにより、ベンダーはツールではなく、仕事の「結 果」を販売する新しいビジネスモデルが可能になります。 次のスライドでは、この変革を実現するための行動喚起をお伝えします
  9. 行動喚起 自律的にビジネス成果を提供するインテリジェントなシステムを構築し、活用できる者に未来は 属する 1 究極の価値はソフトウェアではなく、それが解決する問題にある ポストSaaS時代では、テクノロジー自体の価値よりも、ビジネス成果の実現が重視されます。企業は機能ではなく、測定可能な成果を購入するように なります。 2 自律的にビジネス成果を提供するシステムの構築 エージェントAIを活用し、人間のボトルネックを排除し、自律的に仕事を実行するシステムを構築できる組織が競争優位を獲得します。

    3 新しい時代を形作る者は、これらのシステムを活用できる者である 単なるテクノロジー導入ではなく、ビジネスプロセスの根本的な再構築と、成果指向の組織文化の確立が必須です。 最終メッセージ ポストSaaS時代は、単なる技術的な進化ではなく、ビジネスの本質的な転換です。成果を保証し、自律的にビジネス成果を提 供するシステムを構築・活用できる者が、デジタル経済の未来を形作るのです。