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多様な ユーザーのための 「アクセシビリティ」 入門

多様な ユーザーのための 「アクセシビリティ」 入門

2025年2月25日の企業向けセミナー資料を一般公開します.

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Takayuki Watanabe

March 26, 2025
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  1. 自己紹介 • 現 東京女子大学・心理コミュニケーション学科 教授 NPO活動法人 ウェブアクセシビリティ推進協会 理事長 • 1998年まで:原子核・素粒子実験の物理学者

    • 1999年秋:視覚障害者用・日英2ヶ国語音声化システム開発(IPA未踏ソフト採択) • 2003年後半から:Webアクセシビリティの研究に取り組む.JIS規格も策定. • 2016年から:情報デザイン(Human-Computer Interaction)と人間中心設計 • 2022年から:Web3(ブロックチェーン)のSocial Designに取り組んでいます! 詳細は https://researchmap.jp/nabe/ ©渡辺隆行,2025 2
  2. なぜアクセシビリティに配慮するのか? 1. 多様な人々(ユーザ) 2. マジョリティとマイノリティ 3. 自分とは異なる集団を知る 4. DEI+A,平等と公平の違い 5.

    障害者,障害の社会モデル,障害学 6. 障害者差別解消法:不当な差別の禁止、合理的配慮 ©渡辺隆行,2025 4
  3. 1. 多様なユーザ 認知機能に配慮すべきユーザ • 初心者/熟練者 • 理解が苦手なユーザ • 日本語・外国語が読めないユーザ そのほか

    • デモグラフィック(社会的)や文化的な差異に 対して配慮すべき場合 性自認に違和感を感じるユーザ などなど (出典:日本人間工学会編:『ユニバーサ ルデザイン実践ガイドライン』共立出版の 「表I-3-1 ユーザ分類表」を改修) 特別な配慮を必要としないユーザ • 健康な成年男子など 感覚機能に配慮すべきユーザ •視覚に頼れないユーザ •視力に配慮すべきユーザ •聴覚に頼れないユーザ •聴力に配慮すべきユーザ 運動機能や体格に配慮すべきユーザ •車椅子利用者 •手が使えないユーザ •動作に配慮すべきユーザ •筋力の弱いユーザ •発話に配慮すべきユーザ • 左利きユーザ • 小さい/大きいユーザ ©渡辺隆行,2025 5
  4. 2. マジョリティとマイノリティ • 世の中のマジョリティは健康な成年男子. • でも,それ以外の人々(マイノリティ)もいる. • すべての人に基本的人権がある.それを守らなければならない. • だれもが自分の人生を幸せに生きたい.その権利がある.

    • 健康な成年男子であっても視力が弱い人もいる. • 自分は健康でも親は高齢者でいろいろな障害を抱えているかも. • そういう人々の生活を想像できるか? ©渡辺隆行,2025 6
  5. 4. DEI+A • Diversity(多様性):多様な人々を認める,差別しない • Equity(公平性):(機会僅少を補正して最終的に)平等になるよ うに扱う,差別しない(例:背が低い人も届くような台を用意す る) • Inclusion(包括性):個人が集団の一員として正当に扱われる,差

    別しない(例:障害者とエンジニアが共に開発に取り組む) • Accessibility(アクセシビリティ):障害者が障害を持たない人と 同等に利用できる,参加できる.差別しない ©渡辺隆行,2025 8
  6. 平等(Equality)と公平(Equity) • 平等: • 労力の投入量に関わりなく,関係した者が一律に同一の結果を得ること (『社会心理学』(有斐閣)7章 対人関係,p169.) • すべての人に同じ機会やリソースを提供すること (例:全員に同じ高さの椅子を配る.)

    • 衡平,公平:補正することで平等を実現 • 個人の投入量に比例した量の結果を得ること (『社会心理学』(有斐閣)7章 対人関係,p169.) • 個々のニーズに応じて、必要なサポートやリソースを調整すること (例:身長の異なる人に合わせて異なる高さの踏み台を提供して同じ高さから黒 板を見られるようにする.合理的配慮.) ©渡辺隆行,2025 9
  7. 5. 障害者 • 障害(disability)者,障害を持つことが多い高齢者,一時的な障害 • WHOのICF(International Classification of Functioning, Disability

    and Health,人間の生 活機能と障害の分類法):人間の生活機能と障害を,「心身機能・身体構造」 「活動」「参加」の3つの次元に影響を及ぼす「環境因子」と「個人因子」の相互 作用として多面的にとらえている(「障害」は社会の中で生まれる) • ウェブ・アクセシビリティ:「心身機能・健康状態」による問題点(機能障害や 利用制限)を解消するにはウェブをどう制作するべきかを考える • 障害を持つ利用者でもウェブを利用できる.活動(学習,社会参加,コミュニ ケーション,商売,遊びなど)を妨げない ©渡辺隆行,2025 10
  8. 障害の社会モデル • 昔,視覚障害者は教育を受ける機会がなく,社会の中で役割を持つことが難しいと考えられ, 座敷牢に閉じ込められるなどの扱いを受けることもあった. • 1800年代,点の凹凸で文字を示す点字が発明され,教育に利用されるようになった.これに より,視覚障害者も文字を読み書きし学習できるようになり,大学への進学や就職の機会が 広がった. • 大学や会社のパソコンにスクリーンリーダーや点字ディスプレイが用意されていれば(合理

    的配慮),視覚障害者も晴眼者と同様にパソコンを活用し,学習や業務を行うことができる. • 障害者は,社会からの援助を受けるだけの立場ではなく,働き税金を納めるなど社会に積極 的に貢献する立場へと変わった. • 視覚を利用できないこと自体が障害なのではなく,それを補う環境や制度が社会に整ってい ないことが障害を生み出している. ©渡辺隆行,2025 11
  9. 障害学 障害の社会モデル:「障害とは個人ではなく社会に存在する」 • 「障害(disability)」を社会制度に起因する「障害物」としてとらえて, 個人の属性としての障害は impairment と呼んで区別. • 障害者:社会的障害物によって能力を発揮する機会を奪われた人々 •

    障害者差別解消法などの強制力を持って障害を除去することを目指してい る. • Disability, impairment, handicap(社会的不利) (出典:杉野:『障害学ー理論形成と射程』東京大学出版会) ©渡辺隆行,2025 12
  10. 続 障害者差別解消法 • 「障害者権利条約」が国連で2006年に採択され,2008年に発効.障害者の人権及 び基本的自由の享有を確保し,障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的 として,障害者の権利実現のための措置を定めている. • 日本も2007年に障害者権利条約に署名.2011年に障害者基本法を改正. • 2013年に「障害者差別解消法」が制定された.

    • 障害を理由とした不当な差別的取扱いにより障害者の権利利益を侵害してはなら ない(正当な理由がある場合を除く) • 合理的配慮の提供:次ページスライド参照 (出典:『概説 障害者差別解消法』法律文化社.) ©渡辺隆行,2025 14
  11. 合理的配慮(Reasonable Accommodation) • 米国:障害者の完全な参加を可能にするための機会の調整や変更の全体を、広 義には「合理的配慮」という(出典:U.S Commission on Civil Rights, "Accommodating

    the Spectrum of Individual Abilities ",1983,p.102) • 障害者権利条約 第2条:障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び 基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更 及び調整であって、特定の場合において必要とされるものである。 • 日本:社会の中にあるバリアを取り除くために、障害者が何らかの対応を求め たときには、企業や団体は負担が重すぎない範囲で対応する必要がある.2024 年4月1日から民間事業者においても義務化された.(出典:内閣府). ©渡辺隆行,2025 15
  12. 続 合理的配慮 • 障害の有無にかかわらず同じ機会を与える(公平). • 場面や状況によって必要となる配慮は異なる.対話・調整が必要. • 過重な負担かどうかの判断: • 事務・事業の目的・内容・機能を損なわないか

    • 物理的・技術的にできるか,人的・体制上の制約はないか • お金がどのくらいかかるのか • どのくらいの大きさの事業を実施しているのか • それを行えるだけの財務状況にあるか (出典:二本柳:『これならわかる すっきり図解 障害者差別解消法』SHOEISYA.) ©渡辺隆行,2025 16
  13. 1. アクセシビリティ • “the design of products, devices, services, vehicles,

    or environments so as to be usable by people with disabilities.” (障害者が使用できるように製 品,機器,サービス,乗り物,環境を設計すること) (出典:Shahn Henry他(2014), The Role of Accessibility in a Universal Web, Proceeding W4A.) • 「製品,システム,サービス,環境及び施設が,特定の利用状況において特定の 目標を達成するために,ユーザの多様なニーズ,特性及び能力で使える度合い」 (出典:JIS Z 8521:2020,人間工学―人とシステムとのインタラクション― ユーザビリティの定義及び概念) ©渡辺隆行,2025 18
  14. 特定の利用状況 • 利用状況(コンテクスト,文脈) • 支援技術を用いていることが多い • 同じウェブの利用でも利用状況は様々 • 全盲の視覚障害者がスクリーンリーダでウェブを音声利用 •

    全盲の視覚障害者が点字ディスプレイでウェブを利用 • 全盲の視覚障害者が移動しながらスマホのスクリーンリーダでウェブを利用 • ロービジョンの視覚障害者が画面を拡大してウェブを利用 • 手の操作が不自由な障害者がスイッチなどを用いてウェブを利用 • 急いでウェブを利用 • 遊びで利用,仕事で利用 ©渡辺隆行,2025 26
  15. 使える度合い • ウェブを利用できる • 障害を持たない利用者と同じ効果,効率,満足を達成する • 効果:ユーザが特定の目標を達成する際の正確性及び完全性 • 効率:達成された結果に関連して費やした資源(時間,労力,コスト, 材料など)

    • 満足:システム,製品又はサービスの利用に起因するユーザのニーズ 及び期待が満たされている程度に関するユーザの身体的,認知的及び 感情的な受け止め方 ©渡辺隆行,2025 28
  16. アクセシビリティとユーザビリティ • ユーザビリティの対象者を“障害者(や障害を持つ高齢者)”に焦点化すると アクセシビリティ • ユーザビリティでは,効果・効率・満足が下位要因となっているが,アクセ シビリティでは「そもそも障害者が使えるのか?」からスタート • そのうえで,障害を持たないユーザと同じように使えるのかが問われている •

    障害者は車いすやスクリーンリーダなどの支援技術を用いていることが多い ので,支援技術込みで使えることが重要 • JIS X 8341-1でもICT分野のアクセシビリティを「様々な能力を持つ最も幅 広い人々に対する製品,サービス,環境または施設(のインタラクティブシ ステム)のユーザビリティ」と定義 ©渡辺隆行,2025 29
  17. まとめ • 世の中には多様な特性とニーズを持つ人々が暮らして いる • 他者に思いをはせる想像力を持ってほしい • 他者の痛みを感じる感性も持ってほしい • 自分にできる範囲でアシスト・配慮してほしい

    • そうすれば誰もが公平に自分の人生を生きることができる • 障害者差別解消法という法律でも規定されている • 僕が学生時代にYMCAの主事から言われた言葉:「おまえは希望する大学に 入って得意になっているが,道ばたで倒れている人がいたときに,声をかけて 助けてあげることができるか?」 ©渡辺隆行,2025 33