自分がメディアにならなければならない」という意味です。 Alan Kay「User Interface:A Personal View」1989 オブジェクトは、生物の細胞やネットワーク上の各コンピュータのようなもので、 メッセージでしか通信できないと考えました(そのため、メッセージングは最初か ら存在していましたが、プログラミング言語でメッセージングを効率的に行う方法 を見つけ出すのには時間がかかりました)。私は、データをなくしたいと思いまし た。B5000は、信じられないようなHWアーキテクチャーによって、これをほぼ実 現していました。細胞/全体コンピュータのメタファーがデータを取り除くことに なり、"<-"は単なるメッセージトークンであることに気がつきました(私はこれら の記号をすべて関数や手続きの名前だと考えていたので、このことを考えるのにか なり時間がかかりました)。(中略)私にとってのオブジェクト指向プログラミン グとは、メッセージング、状態処理のローカル保持・保護・隠蔽、あらゆるものの 極端な遅延結合だけを意味します。 Alan Kay「Dr. Alan Kay on the Meaning of “Object-Oriented Programming”」2003 マクルーハンの議論とアラン・ケイの書き物をいくつか結び付けると、アラン・ケイのオブジェクト指向においては、 「オブジェクト」とはコンピュータの比喩であり、つまりメディアであり、 したがって、オブジェクト=メディアそれ自体にメッセージが埋め込まれており、 人はそのオブジェクト=メディアを身体の一部(=内面化)として扱える必要がある、とも読めるかもしれない。 (「読める!」と断言するには資料調査が不足している。。。)