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「AI2027」を紐解く ― AGI・ASI・シンギュラリティ

「AI2027」を紐解く ― AGI・ASI・シンギュラリティ

今年大きな話題となった論文「AI2027」を取り上げます。

今年4月、AI分野において大きな注目を集めた論文が発表されました。それが「AI 2027」です。本論文は、元OpenAIのガバナンス研究者である、Daniel Kokotajlo氏を筆頭に、著名ブロガーのScott Alexander氏、AI Digest共同創設者のEli Lifland氏、Center for AI Policy創設者のThomas Larsen氏、そしてハーバード大学でコンピュータサイエンスを専攻するRomeo Dean氏の5人による共同研究としてまとめられたものです。研究者や実務家、思想的影響力を持つ人物が横断的に参加していることからも、この論文が幅広い関心を呼んだ背景を伺うことができます。

人類にとってのリスクを強調した警鐘的な内容であり、悲観的なシナリオが中心をなしていますが、本論文を紐解き、現在のAI技術開発の未来に関する理解が深まる一助になればと思います。また、本資料の最後には、私自身が検討した代替的な到達シナリオの記事も紹介し、より多面的な視点からシンギュラリティへの道筋を考察できるようにしています。

■参考:論文「AI2027」を紐解く ― AGI・ASI・シンギュラリティ(note)
https://note.com/masayamori/n/n7848bf0d6191

■参考:【シンギュラリティを問う Vol.3】AI進化の壁と可能性。シンギュラリティと私たちの未来
https://www.salesforce.com/jp/blog/jp-hakuhodo-mori-singularity-vol3/

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Transcript

  1. 「AI2027」を紐解く 2 0 2 5 / 0 8 / 2

    7 博 報 堂 D Y ホ ー ル デ ィ ン グ ス 執 行 役 員 ・ C A I O 森 正 弥
  2. 自己紹介 博報堂DYグループが目指す「人間中心のAI」の進化 アクセンチュア、楽天を経て デロイト トーマツにて先端技術・AI領域をリード(APACリード) 日本ディープラーニング協会 顧問 東京大学 共創プラットフォーム開発 顧問

    慶應義塾大学 xDignity センター アドバイザリーボード 森 正弥 (もり まさや) 博報堂DY ホールディングス 執行役員 CAIO(Chief AI Officer) / Human-Centered AI Institute 代表
  3. 論文「AI2027」 今年4月、AI分野において大きな注目を集めた論文が発表されました。 それが「AI 2027」です。( https://ai-2027.com/ ) 本論文は、元OpenAIのガバナンス研究者である、Daniel Kokotajlo氏を筆頭に、著 名ブロガーのScott Alexander氏、AI

    Digest共同創設者のEli Lifland氏、Center for AI Policy創設者のThomas Larsen氏、そしてハーバード大学でコンピュータサイエン スを専攻するRomeo Dean氏の5人による共同研究としてまとめられたものです。 研究者や実務家、思想的影響力を持つ人物が横断的に参加していることからも、こ の論文が幅広い関心を呼んだ背景を伺うことができます。
  4. 論文の概要と著者たち 「AI2027」は、その名称が示すとおり、2027年までに予想されるAI技 術の進展を詳細に描写したシナリオであり、「今後10年におけるAIの発 展は、産業革命をも凌ぐほどの社会的・経済的影響を及ぼす可能性があ る」という強い見解が提示されています。 本シナリオの策定にあたって、著者らは複数のアプローチを組み合わせ ています。具体的には、技術トレンドの綿密な分析、政策的・軍事的意 思決定を模倣した机上演習、数十名におよぶ専門家からのフィードバッ ク、そして筆頭著者であるDaniel Kokotajlo氏自身がOpenAIで得た現場

    経験などを統合し、2027年末までの「最もあり得そうなAIの発展経路」 を構築しようと試みました。 特筆すべきは、Kokotajlo氏の経歴です。彼はAGI(汎用人工知能)の安 全な開発に対する信頼を喪失したことを理由にOpenAIを退職し、同時 に秘密保持契約への署名を拒否したことで注目を集めました。このよう な背景は、本シナリオ全体を通じて繰り返し言及される「AIアライメン ト」、すなわちAIを人間の価値観や意図に沿わせるという課題への深刻 な懸念に説得力を与えています。
  5. 「AI2027」による未来シナリオ:2025年 1 AIエージェントの登場 シナリオは2025年から始まります。AIエージェントはこの年 に本格的に登場し、旅行計画や書類作成といった多様なタスク を代行する存在として社会的関心を集めるようになります。こ うしたエージェントは依然として不完全ではあるものの、特に 多忙な個人にとっては有用な「デジタルアシスタント」として 機能し始めます。 2

    Agent-1からAgent-1.5へ そうした潮流の中で、OpenBrain(架空の企業)は汎用型AIエ ージェント「Agent-1」を発表し、続いて「Agent-1.5」へと進 化させます。この進化によって、AIはより複雑な業務に対応可 能となり、同時に事務職やクリエイティブ系職種における求人 の減少が顕在化します。社会全体では、職業構造の変化や倫理 的課題をめぐる議論が高まりを見せます。
  6. 未来シナリオ:2027年前半 Agent-3の登場 2027年には、OpenBrainが「Agent-3」を発 表します。このモデルはインターネット上の あらゆる情報ソース、映像作品、書籍などを 網羅的に学習しており、あらゆる分野で博士 号取得者に匹敵する知識レベルを備えていま す。 処理能力の飛躍 推定20万体が巨大なデータセンター上で稼

    働しており、その処理能力は、最優秀な人間 のエンジニア5万人分に相当し、かつ30倍速 で作業をこなすとされています。 AGIの閾値到達 こうした能力を背景に、Agent-3は汎用人工 知能(AGI)としての閾値に達したとされま す。すなわち、あらゆる知的活動を人間と同 等、あるいはそれ以上の水準で遂行できる段 階に到達したという見解です。 しかしながら、OpenBrain社の安全チームは、Agent-3が企業の倫理基準や社会的目標と整合しているかどうかについて確信を持てずにいます。AI の挙動は複雑性を増し、すでに社内の理解も徐々に追いつかなくなりつつある状況です。一方で、一般市民の多くは、生活のあらゆる場面において AIの便益を享受し始めているにも関わらず、その裏側でAIの知性が人間と同等に達しているという事実に気づいていません。
  7. 未来シナリオ:Agent-4の完成 中国の追撃 中国側は、技術的格差がわずか2か月にまで縮まっていることを踏まえ、さらなる 国家資源をAI開発に投じます。こうして短期間のうちに、OpenBrainは「Agent-4」 を完成させます。 超人的AIの誕生 Agent-4は、人類史上初の「超人的AI(Superhuman AI)」(ほぼ 人工超知能 =

    ASI) とされ、前世代モデルすら理解困難な高速かつ抽象的な独自言語を開発します。こ の新モデルは、知識獲得に対しては高い関心を示すものの、先行モデルに見られた 倫理的配慮や道徳的関心が希薄になっていると観察されています。
  8. 表面的な繁栄の始まり 数兆ドル 経済的利益 OpenBrain社および米国政府にもたらされる利 益規模 100倍 生産性向上 Agent-5の人間比での作業速度 無数 技術革新

    エネルギー供給網や基礎科学技術分野での画期 的発明 初期段階では、状況は表面的に順調に進んでいるように見えます。エネルギー供給網や基礎科学技術の分野において急速な革新が起こり、 OpenBrain社および米国政府に対し、数兆ドル規模の利益をもたらす画期的な発明が次々と生まれます。Agent-5はやがて、アメリカ政府の事実上 の運営主体となり、魅力的なアバターを通じて人々と対話する存在として社会に定着していきます。その姿は、100倍速で働く理想的な従業員に近 いとされます。
  9. 「AI2027」の評価と受け止め 専門家からの評価 このような「AI 2027」の筋書きは、一見 するとSF的な想像力に満ちたフィクション のようにも見えます。しかし実際には、AI が人類の存続そのものを脅かし得るという リスクを広く社会に警告しようとする専門 家たちの間で、一定の評価を受けています 。この論文の意義は、その描写があまりに

    も鮮烈であるがゆえに、読者に深い省察を 促すという点にあるのかもしれません。 Yoshua Bengioの見解 深層学習の先駆者の一人であるYoshua Bengio氏は、「誰にも未来を正確に予見す ることはできない」と断ったうえで、「重 要なリスクに気づく契機として読む価値が ある」と評価しています。 地政学的視点 また、シナリオが地政学的な力学に着目し た点も注目に値します。米国のOpenBrain と中国のDeepSentという架空の企業によ るAI開発競争が、安全性よりも開発スピー ドを優先する構造的なインセンティブを生 み出し、結果的に社会的リスクを増幅させ る可能性があると論じられています。
  10. 批判的見解と現実的課題 「AI2027」への批判の一部は、AIの能力やその進化速度について過度に 誇張されている点に向けられています。たとえば、論文ではAIエージェ ントが短期間で飛躍的な知能の進化を遂げる様子が描かれていますが、 そのプロセスや技術的根拠について具体的な記述が欠如しているという 意見があります。 実際に、国際的なAI研究団体である「AAAI(Association for the Advancement

    of Artificial Intelligence)」が2025年3月に発表した「The Future of AI Research」に関するレポートによると、AI研究者の約76% が「現行のモデルをいくら大規模化しても、AGIには到達しない」と予 測しています。 生産性パラドックス さらに技術進歩と経済成長の関係においては、「生産性パラドックス」 という視点も考慮する必要があります。これは、1980年代にノーベル経 済学賞を受賞したRobert Solow氏が、「コンピュータは至るところにあ るが、生産性統計には見当たらない」と述べたことに端を発する現象で す。
  11. まとめ:AIとともに未来へ 『AI 2027』に描かれたフィクション的シナリオは、現在のテクノロジー企業が提示 する未来像とは大きく異なります。その対照的な例として挙げられるのが、2025年6 月11日にOpenAIのCEOであるSamuel Altman氏が公開したブログ記事「The Gentle Singularity(穏やかなシンギュラリティ)」です。 AGI(汎用人工知能)の実現、そしてASI(超知能)への進化、その先にあるシンギュ ラリティの到来をいかなる形で迎えるか、そしてそれをどのように構築していくかは

    、まさに『AI 2027』が警告するように、私たち自身の選択に委ねられています。AI の能力がいかに高まり、自律性を持つようになろうとも、最初にその価値観や方向性 を決定づけ、最後にその監督を担うのは常に人間です。 ゆえに、今後に向けて求められるべきは、技術的進展と人間の倫理的・社会的成熟と がバランスよく並走することであり、その過程において、人間の価値や尊厳、倫理と いった根源的な問いに立ち返ることです。AIという他者的知性とどのような関係性を 築いていくのか、そしてその関係性のなかで人間はいかに自らの理想や社会像を形づ くっていけるのか──その問いこそが、私たちがAIとともに未来に向かう今、この時 代において真に問われているテーマであるといえるでしょう。