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そのとき歴史は動かなかった 〜 JTCのウォーターフォール研究者がバックログを発明した日〜

Takeo Imai
September 16, 2023

そのとき歴史は動かなかった 〜 JTCのウォーターフォール研究者がバックログを発明した日〜

私は今でこそスクラムどっぷりでアジャイルコーチなぞをしている身分ですが、その前は20年近く、JTCで社内コンサルをしつつソフトウェア工学の研究をしていました。

今からちょうど20年前、駆け出しの研究者だった私は、ウォーターフォール型開発が抱える大きな問題点をどうやって解決するか悩み、そしてあるとき独自の開発手法として、ある提案を社内にしたのです。
その内容を今見返すと、まさにそれは、プロダクトバックログそのものだったのです――

2000年代初頭、アジャイルはちょうど世間に認知され始めた頃で、しかし国内で適用された事例はとても少なく、多くの企業、特にJTCでは「ウチとは関係ないもの」と思われていました。私もその例に漏れず、自社ではウォーターフォールで開発するのが当たり前だと思い込んでいて、アジャイルに興味はあったものの、XPの本を一冊読んだ程度でした。スクラムに関しては難しくて全く理解できなかったし、理解しようともしませんでした。
そんな私ですら、プロダクトバックログを独自に思いつくに至ったのです。それはつまり、当時のソフトウェア開発にもがき苦しみ、何とか良くしよう、改善しようと考えれば、そうしたアジャイルのプラクティスに辿り着くのは必然だったとも言えるのです。

このセッションで提供するのはある種の考古学です。20年ほど前の、アジャイルやスクラムが出てきた当時のソフトウェア開発の様子を振り返りながら、ある意味アジャイルと対極にいたソフトウェア工学研究者の立場から、アジャイルが生まれてきた必然性をお話します。

Takeo Imai

September 16, 2023
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Transcript

  1. 今井健男(ぼのたけ) スクラムフェス三河2023 フリーランスアジャイルコーチ • スクラムの導⼊⽀援、改善 • プロダクトマネジメント⽀援 • 開発組織づくり、特にBiz/Dev連携⽀援 •

    2000〜2017年 株式会社東芝 研究開発センター • 17年間、ソフトウェア⼯学研究に従事 • 本⽇のお話は、私が駆け出し研究者だった 2002〜2003年頃のものです 2023/9/16 6
  2. 20年前、何があったか(なかったか) スクラムフェス三河2023 2023/9/16 7 2001 アジャイル宣⾔ 2023 NOW 2007 iPhone

    2006 クラウド 2003 2009 DevOps 2008 GitHub 2005 Git スマホはまだなかった SaaSもまだなかった Pull Requestもまだなかった バージョン管理もまだ浸透してなかった
  3. とあるソフトウェア⼯学研究者から⾒た 2002〜2003年頃のアジャイル事情(1) スクラムフェス三河2023 2023/9/16 9 • アジャイルは存在が知られ始め たばかり • しかし、国内での採⽤事例はほ

    とんどなかった • XPは注⽬を浴びていたが、スクラム はほとんど注⽬されていなかった • スクラムガイド はまだなかった • 概念はあったが、当時の私にはとても 難解だった 「情報処理」Vol. 43 (2002), No. 3 より
  4. とあるソフトウェア⼯学研究者から⾒た 2002〜2003年頃のアジャイル事情(2) スクラムフェス三河2023 2023/9/16 11 少なくとも、私の周りでは • アジャイルを否定的に捉える⼈はいなかった • でも、⾃社でやってみようと思う⼈も皆無だった

    • 「少⼈数で⼩さいプロダクトを短期間に構築するためのも の」「”普通”の規模の開発はしんどそう」 • ⼀⽅、反復型開発は使えそうという評価だった • RAD(Rapid Application Development)や RUP(Rational Unified Process)は熱⼼に研究されていた
  5. 2002〜2003年頃の私 スクラムフェス三河2023 2023/9/16 14 要件定義 基本設計 詳細設計 実装 単体テスト 統合テスト

    システムテスト そうだ! 顧客と もっと頻繁に 対話すれば いいんじゃ ね? (天才のひらめき)
  6. 「確認を取るソフトウェア開発」 スクラムフェス三河2023 2023/9/16 15 • 開発中の顧客との対話を増やし、相互の理解の齟齬を減らす • そのため、どの⼯程かに関わらず work と

    session を設け、 短期間に繰り返す • work ... 開発作業をする時間 • session ... 顧客との対話の時間 • session で開発状況を顧客と共有するため、 作業内容とステータスを書いたカードを開発項⽬ごとに⽤意 • すべてのカードが「完了」になれば開発完了 スプリントっぽい?? スプリントレビュー?? PBL??
  7. 別にアジャイルをやりたいわけではなかった スクラムフェス三河2023 2023/9/16 16 ⾃社のウォーターフォール開発の上から適⽤することを意図していた • ウォーターフォールの各⼯程はそのまま維持 • work はそのときどきに応じて設計だけ/実装だけ/テストだけ

    をやる想定 • PBLもどきに アイテムの順序 はなかった • スコープは固定なので、きっちり全部やる想定 • リリースは最後に1度だけ⾏われるので、どういう順序で完了していくかに意味はない
  8. でも結果的に be agile だった スクラムフェス三河2023 2023/9/16 17 プロセスやツールよりも個人と対話を、 包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、 契約交渉よりも顧客との協調を、

    計画に従うことよりも変化への対応を、 • ウォーターフォールの問題点を解決しようとしたら、結局アジャイル宣⾔の とおりにやっていた • このとき、僕はアジャイル宣⾔を読んだことは⼀度もなかった • アジャイルは理由ではなく、帰結 • アジャイル宣⾔だって、署名者が「こうしたら良くなる」と考えた結果
  9. 余談:ソフトウェア⼯学の現在 スクラムフェス三河2023 2023/9/16 19 • アジャイルを否定する⼈はほとんど絶滅(ゼロではない) • 2010年頃から「科学的な研究」が評価される傾向 • 実験で効果を定量的に測定できる分野(テストなど)がトレンドに

    • 独⾃の開発プロセス / フレームワークの研究は下⽕ • 役割はアジャイルコミュニティ/ PMコミュニティに移った • ⼈間系の研究は(世界的には)社会科学的な調査が主流に
  10. “A Theory of Scrum Team Effectiveness” スクラムフェス三河2023 2023/9/16 20 •

    今年、論⽂誌TOSEM/国際会議 ICSE2023で発表された論⽂ • 『ゾンビスクラムサバイバルガ イド』の著者が書いた (!) • 「ゾンビスクラム」の科学的根拠 • RSGT2024に解説の プロポーザルを出しました! • A Theory of Scrum Team Effectiveness 〜 『ゾンビスクラムサバイバルガイド』の裏側 にある科学〜 • Likeしてね