Regional Scrum Gathering Tokyo 2024での講演資料です。
---
2023年、ソフトウェア工学分野の論文誌であるTOSEM[1]、およびトップカンファレンスであるICSE 2023[2]に、スクラムに関する1本の論文が同時に採択されました。
僕は50ページを超えるその論文を読んで衝撃を受けました。こういう学会に投稿されるスクラム・アジャイルの論文は、アジャイル実践者の目線からするとあまりピンとこないものもあるのですが、この論文はまず、そういった点で一分のスキもありませんでした。
ただの研究者ではない、明らかにスクラム実践者が書いた論文でした。
一体誰が書いたのか、と思って調べてみると、2人の著者 Christiann Verwijs と Daniel Russo のうち、Christiaan Verwijsはあの『ゾンビスクラムサバイバルガイド』の著者の1人でした。
論文の内容は、スクラムチームが有効に機能するために鍵となる5つの要因(Key Factor)とその間の関係を、7年間の研究の末に洗い出したというものです。
そして、それらのKey Factorは、書籍『ゾンビスクラム〜』に記載された、チームが「ゾンビスクラム」の状態に陥る4つの症状と対応していました。つまり、この論文は『ゾンビスクラム〜』の理論的根拠となっていたものです。「ゾンビスクラム」はただの思いつきで定義されたものではなかったのです。
更に驚くべきは、彼らは7年の研究の中で明らかにした5つのKey Factorを元に、スクラムチームの効果性を客観的に評価するWebサービス("Scrum Team Survey")を開発しました。現在9000チームがこのサービスを利用しているとのことです。
彼らの研究は、完成された論文として学術界でも認められると同時に、Webサービスや書籍という形で実践者向けにも成果が非常にプラクティカルな形で提供されていて、私の知る限り、最も成功したスクラムの学術研究と見ることができます。
このセッションでは、書籍『ゾンビスクラム〜』では語られきれなかった彼らの研究成果を、論文 "A Theory of Scrum Team Effectiveness" を中心に紐解き、実践者向けに優しく解説します。同時に、関連するスクラム・アジャイルの学術研究に関する論文を紹介し、現在学術界でどこまでスクラムが科学的に研究され、何が明らかになっているのかを解説します。
更には、私が彼らの研究に触発されて始めたスクラムの実証研究について、この時点での成果を紹介できればと思っています。
[1] ACM Transactions on Software Engineering and Methodology
[2] The 45th International Conference on Software Engineering