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技術は予測を代補する:スティグレールの三次的記憶論と予測処理パラダイムの交差

 技術は予測を代補する:スティグレールの三次的記憶論と予測処理パラダイムの交差

ベルナール・スティグレールワークショップでの報告。予測処理のパラダイムからスティグレールの哲学を再検討することで、技術と記憶の問題を集団的な予測の承として位置づけなおした。

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Kanta Tanishima

March 20, 2026
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Transcript

  1. 導入 0.本発表の目標と問い スティグレールの 三次的過去把持論 技術と認知の関係についての 独自の問いを持つ → 予測処理との接続 認知を予測と誤差の継続的処理として 捉える枠組み

    (自由エネルギー原理を含む) → 浮かび上がる問い 人間にとって「何が予測の対象として経 験されうるか」という可能性空間そのも のが技術的に構成されているのでは? 本発表の命題:「技術は予測を代補する」 ——この命題はいかなる意味で成立するか ☞李舜志『ベルナール・スティグレールの哲学』4章および5章
  2. 導入 発表の全体構成 パート 1 フッサールとその批判の系譜 パート 2 予測処理パラダイムとの接続 パート 3

    三次的記憶論の予測処理的読み直し パート 4 含意と射程 パート 5 まとめ
  3. Part 1 フッサールの内的時間意識論とスティグレールによる批判 時間対象(Zeitobjekt)と「大きな今」 過去の音 (余韻) 過去把持 今の音 根源印象 次の音

    (先取り) 未来予持 「大きな今(large now)」 ・時間的対象の例:メロディ。「今の音」は直前の余韻(第一次過去把持)と 次の音への先取り(予持)を同時に含む ・「今」は本質的に拡張している——点ではない ・意識の流れと対象の流れは不可分に結びついている
  4. Part 1 フッサールの内的時間意識論とスティグレールによる批判 三重構造:起源的印象・第一次過去把持・予持 根源印象 Urimpression 今まさに生起する与件的局面 「純粋な与件性」が批判の対象に 過去把持 Retention

    「ちょうど過ぎ去った」ものを なお今の内に保つ 知覚の延長。想起とは構造的に異な る 予持 Protention 「まさに来たるもの」への 先取り的志向 受動的な志向性——表象的・ 命題的な予測とは構造が異なる 過去把持が現在と「連続的」であるのに対し、想起は現在と「非連続的」だとする<切断>
  5. Part 1 フッサールの内的時間意識論とスティグレールによる批判 スティグレールのフッサール批判:二つのレイヤー レイヤー①:現前性批判 問い:起源的印象の「純粋な与件性」 → 第二次過去把持が起源的印象を 常にすでに変容している (遡及性・渦巻モデルの問題)

    レイヤー②:技術的代補の重要性 問い:技術的記憶の構成的役割 → 志向的構成の周縁に追いやられた 「意識の像」が、二次的過去把持の 構成条件として機能している デリダとの対応 レイヤー① ←→ デリダの現前性批判(『声と現象』) レイヤー② ←→ 代補の論理的構造(『幾何学の起源序説』) スティグレールはそれぞれをより踏み込んだ形で展開する
  6. Part 1 フッサールの内的時間意識論とスティグレールによる批判 レイヤー①:遡及性と渦巻モデル ① 第一次過去把持の遡及性 第二詩行を読むことが、遡及的に第一詩 行の「読まれ方」を変容させる → ②

    第二次過去把持の遡及性 「先行する読みが後続の読みに住みつい ている」(スティグレール) ——第二次はすでに第一次の内側に居 住 → ③ 技術的記憶との絡み合い 録音技術は「同じものをもう一度聴く」と いう新しい時間的経験の様式そのものを 創出する 「時間対象は流れの中の渦巻である——すなわちそれは螺旋である」
  7. Part 1 フッサールの内的時間意識論とスティグレールによる批判 二つの時間モデル:フッサール vs スティグレール フッサールの時間ダイアグラム(Zeitdiagramm) <> スティグレールの渦巻きモデル(tourbillon) vs

    AE=現在点の系 AA’=現在点の沈降 EA=過去地平を伴っ た現在点 E→=他の対象で満 ちた現在点の系 Generated by Nanobanana Pro <今>という中心は、過去把持によって条件付けら れた渦巻きが作り出す ☞未来予持protentionあるいはアテンション attentionが生み出す緊張tension
  8. Part 1 フッサールの内的時間意識論とスティグレールによる批判 レイヤー②:技術的記憶の構成的役割 フッサールの位置づけ 「像意識」(写真・録音・書物) →「非-生の痕跡」として周縁化 スティグレールの批判 この周縁化は維持できない 技術的記憶(第三次過去把持

    rétention tertiare)は 二次的過去把持の発生条件として機能している デリダ → スティグレールの踏み込み デリダ:代補の論理的構造——エクリチュールは付加物ではなく理念性の条件。ただし技術の歴史的編成には踏み込まない スティグレール:代補の物質的・歴史的編成へと展開——表音文字・アナログ・デジタルという転換が「何が反復として経験されうる か」を規定する
  9. Part 1 フッサールの内的時間意識論とスティグレールによる批判 系譜の整理:フッサール → デリダ → スティグレール フッサール 「生きられた現在」の特権化・起源的印象を絶対的始まりと位置付ける・技術的記憶の周縁化

    ↓ デリダ ① 現前性批判(『声と現象』1967):「今」はすでに痕跡の構造を持つ——差延 ② 代補の論理的構造(『幾何学の起源序説』1962):代補性の逆説。ただし技術の歴史的編成には踏み込まない ↓ スティグレール ① の展開:渦巻モデル——第二次過去把持が起源的印象をつねにすでに変様している ② の展開:代補の物質的・歴史的編成——表音文字・アナログ・デジタルという転換が反復可能性の条件を規定する
  10. パート2 予測処理パラダイムとの接続 ただしフッサール時間論のPP的再解釈は すでに活発になされている 先行研究の問題意識(延長認知論・エナクティヴィズム・PP×現象学) Hohwy et al. 2016 /

    Wiese 2017 / Neemeh & Gallagher 2020 / Bogotá 2023 個体の学習履歴がいかに世界予測の事前分布を形成するか、時間的継起の経験がいかにPP的に記述されるか ↓ スティグレールが加える問いの層 予測処理×技術と記憶 第一次過去把持、第二次過去把持が現在を遡行的に構成するとする渦巻きモデルは、PPとかなり整合的 人間的な予測処理が展開されていく可能性の条件として、技術の次元を考える必要があるのではないか ☞「技術は予測を代補する」
  11. パート2 予測処理パラダイムとの接続 日本における関連思潮の地図 ホーヴィ『予測する心』邦訳 (2021年、勁草書房、佐藤亮司監訳) 予測処理論の哲学的・認知科学的枠組みの 日本語圏への導入 吉田正俊・田口茂 『行為する意識』 (2025年、青土社)神経科学者×現象学者

    (北大CHAIN)の協働。行為的媒介概念で PP とエナクティヴィズムを現象学的に接合 谷口忠大 集合的予測符号化仮説 (2023–)言語・記号を個体と社会の双 方向フィードバックとしての分散的ベイズ推論 として定式化 平井靖史 MTS 解釈 (『世界は時間でできている』2022年、青土社) ベルクソンの持続理論を時間スケールの積層 (階層0–3)として再解釈 ★この接続は発表者による試みであり平井自身の主張ではな い
  12. パート3 三次的記憶論(mémoire tertiaire)の予測処理的読み直し 技術的記憶が第一次・第二次過去把持を重層決定する 「第一次・第二次・第三次の過去把持は共-含意されており、それらの間の境界は浸透可能である。」 技術的記憶(三次的記憶) --- 重層決定 --- 第二次過去把持(個人の学習履歴)

    --- 重層決定 --- 第一次過去把持(「大きな今」) 予測処理的見取り図 個人 A の生成モデル 個人 B の生成モデル 個人 C の生成モデル ──→ 技術的記憶による部分的同期 完全な同一化ではない——各個人の連合の蓄積の差異は残る。 しかし可能性空間の部分的な共有が生じる。
  13. パート3 三次的記憶論(mémoire tertiaire)の予測処理的読み直し 音楽の例:技術的記憶が経験の可能性条件を構成する レコード 物理的トレースによる再生 ——反復の様式を規定 → ウォークマン 移動しながらの聴取

    ——反復可能性の変容 → ストリーミング ・アルゴリズム アルゴリズムによる事前分布の 先行的編成 スティグレールのデリダに対する展開の核心:技術史的編成の転換が「何が反復として経験されうるか」を規定する 予測の可能性空間が技術的に編成/再編成されていく
  14. パート3 三次的記憶論(mémoire tertiaire)の予測処理的読み直し 外在化された世界予測としての道具と身振り: 「ステレオタイプは、その生産の結果であると同時にその条件でもあり、それを生産する操作的シークエンスの記憶の担い 手——経験の教訓として蓄積される過去の後成的出来事の痕跡を保存しながら——であると同時に、原型としての産物 のまさにその存在によってこれらの操作的シークエンスが伝達されることの結果でもある。」(TT1, chap. 3, «Déjà-là,

    différance, épiphylogenèse») 外在化と道具的産婆術 (maïeutique instrumentale) ・人間と技術との相互構成的な「構造的カップリング」 ・道具は身振り的に反復される世界予測の蓄積を外在化する ・外在化された記憶が次世代の形成を条件づける =後成系統発生的な記憶(mémoire épiphylogénétique) 記憶技術との区別 「あらゆる代補は技術であり、あらゆる代補的技術はプログラムを「 外在化」する記憶媒体である。しかしあらゆる技術的補足が記憶技 術(mnémotechnique)であるわけではない——記憶技術は新石 器時代以降にのみ現れる。」(TT2, «Introduction») 予測処理との接続 道具に外在化された技術的記憶は、習得する者の生成モデルの形成を先行的に条件づける——身体化された世界予測の事前分布の形成 ハイデガーの手元性(Zuhandenheit):道具に内在する世界予測が身体的に取り込まれ透明化した状態 =世界内存在
  15. パート3 三次的記憶論(mémoire tertiaire)の予測処理的読み直し 過去把持的有限性(finitude rétentionnelle): 欠失(défaut)と代補の技術人類史的展開 デリダの代補のパラドクス:代補(supplément)は欠失を埋めるが、その欠失は代補によって始めて産出される スティグレールの再解釈:過去把持的有限性という「欠失」は技術的外在化のプロセスによって代補的に産出される 生物 生きるために必要な能力は生物学的にインストールさ

    れている 遺伝的プログラムが環境への適応を担保 → 過去把持的有限性は原理上問題とならない 人間 人間は自らの生存環境を根本から改変する——技術的外化 のプロセス 遺伝的プログラムでは対応できない環境を自ら生み出す → 技術的記憶なしには生きられない存在へ 過去把持的有限性は生物学的限界ではなく、人工環境とのカップリングに固有の問題 ☞人工環境の構成によって始めて産出された欠失
  16. パート3 三次的記憶論(mémoire tertiaire)の予測処理的読み直し 二次的過去把持と技術的記憶の相互浸透 フッサールが維持しようとした境界線 一次・二次過去把持(志向的構成に関与) 第三次的過去把持=技術的記憶(周縁) スティグレール的論点 この境界は人間的存在条件においては始めから 維持できない

    ☞技術的記憶は二次的過去把持の構成条件と して機能している デリダ的論理:エクリチュールは理念性の構成条件(『幾何学の起源序説』) スティグレール的再解釈:技術的記憶は二次的過去把持の条件 渦巻モデルとの接続:「今」の螺旋的な遡及的変容は、技術的記憶によって可能性空間が先行的に構成されている 予測処理:個体の生成モデルと技術的記憶は共構成的(co-constitutive)な関係にある
  17. パート3 三次的記憶論(mémoire tertiaire)の予測処理的読み直し 技術は予測を代補する: 技術は予測の外から加わる補助ではない 技術を介して予測が可能になると同時に、予測プロセスとのカップリングにおいて技術は形成される ——この共構成的・遡及的な関係が「技術は予測を代補する」の意味 文化的予測処理(Encultured predictive processing)

    との対比 Veissière et al. 2020 / Ramstead et al. 2016:文化的規範・実践の習得をFEPから説明——「文化が事前分布を形成する」 → スティグレールが問うのはその手前:技術的記憶の発生的先行性という層はこれらの議論でも主題化されていない 人間的な予測可能空間はそもそも技術的に構成されており、技術に埋め込まれた記 憶=予測モデルを取り込むことによってしか、人間は自身の固有環境に参入できない ☞ハイデガー的被投性Geworfenheit
  18. パート4 含意と射程 予測処理パラダイムとスティグレールの問い 予測処理パラダイムが扱う問い ・生成モデルと感覚入力の間の処理 ・個体の学習過程 ・能動的推論を通じた感覚サンプリングへの介入 スティグレールの問いが加える層 ・生成モデルの可能性空間の技術的・歴史的構成—— 技術的記憶の先行的規定・過去把持的有限性と忘却の

    構造的役割——技術的記憶への依存の存在論的根拠 ・技術的に介在化された予測の<取り込みadoption> ・「いかなるエージェントとして形成されたか」——人工環 境とのカップリングの歴史 スティグレールのフッサール再解釈は、予測処理のパラダイム の延長線上に技術的存在としての人間という問いを接続する
  19. パート4 含意と射程 記憶の政治学から予測の政治学へ アルゴリズム レコメンデーション ・何が反復として経験されうるかの 可能性空間のアルゴリズム的組み 替え 生成 AI

    ・主体の生成モデル(過去把持)に 最適化したインタラクション ・個人的第二次過去把持の産業的 外在化 予測処理プロセスへの介入 ・ユーザーデータを活用したユー ザーの生成モデルの推測に基づく、 予測の予測とそこへの介入 スティグレールが晩年まで主題化した「記憶の産業的合成」と「集合的個体化」の問いの現在形 第三次過去把持の組織化を通した第二次過去把持の同期化だけでなく、 主体の<今>を構成する予測プロセスそのものの技術的制御が問題と なりつつあるのでは?
  20. まとめ 1 フッサール「現前性の特権化」→ デリダ「代補の論理的構造」→ スティグレール「代補の物質的・歴史的編成」と いう系譜のなかで「技術は予測を代補する」という命題を位置づける 2 予測処理を補助線として引くことで、技術的記憶(身振りの次元と記憶技術の次元をともに含む)が予測の補助で はなく予測の可能性空間を先行的に構成するという論点が鮮明になる——渦巻モデルから重層決定・共構成的 関係へ

    3 人工環境とのカップリングとして生み出された過去把持的有限性(finitude rétentionnelle)という概念は、予測 処理パラダイムが括弧に入れている層——「何が学習可能として与えられているか」の技術的・歴史的構成——を 照射する 4 技術に代補されながら予測処理する存在としての人間という視点を導入することで、現代的なテクノロジーをめぐる 政治学を、記憶の外在化だけでなく予測の外在化として捉えることができるのでは?