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情報学の基礎概念: コミュニケーション
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saireya
June 09, 2025
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情報学の基礎概念: コミュニケーション
saireya
June 09, 2025
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Transcript
情報学の基礎概念 (第3回) コミュニケーション
本日の内容・目標 社会における中核的な概念となる、 • 「符号化・復号・変換の定義」 • 「コミュニケーションのモデル」 …を学ぶ 2
「月が綺麗ですね」 3 (出典) Petr Kratochvil「Full Moon」 https://www.publicdomainpictures.net/en/view-image.php?image=9719
本日の内容・目標 社会における中核的な概念となる、 • 「符号化・復号・変換の定義」 • 「コミュニケーションのモデル」 …を学ぶ 4
符号化・復号 • 符号化(encode): 内容に表現を対応づけること • 内容𝛽に表現𝛼を対応付けることを𝛼 = 𝑒(𝛽)と表す • 復号(decode):
表現に内容を対応づけること • 表現𝛼に内容𝛽を対応付けることを𝛽 = 𝑑(𝛼)と表す 5 (参考) S.Hall(1973)「Encoding and Decoding in the Television Discourse」 http://epapers.bham.ac.uk/2962/ S.Hall(1980)「Encoding/Decoding」 表現 内容 「ネコ」 符号化(encode) 「ネコ」 = 𝑒( ) 復号(decode) = 𝑑(「ネコ」)
符号化と恣意性 恣意性: 表現と内容の対応関係には、必然性はない ⇒ ある内容をどのような表現に符号化するかは、 符号化を行う主体である生命の主観に依存する 例: Aさんは「ネコ」、Bさんは「にゃんこ」に符号化 6 表現
内容 「ネコ」 「にゃんこ」 符号化(encode) 「ネコ」 = 𝑒𝐴 ( ) 符号化(encode) 「にゃんこ」 = 𝑒𝐵 ( )
復号と恣意性 恣意性: 表現と内容の対応関係には、必然性はない ⇒ ある表現をどのような内容に復号するかは、 復号を行う主体である生命の主観に依存する 例: Aさんは「 」、Bさんは「 」に復号
7 表現 内容 「ネコ」 復号(decode) = 𝑑𝐵 (「ネコ」) 復号(decode) = 𝑑𝐴 (「ネコ」)
符号化・復号と可逆性 恣意性があるため、Aさんが符号化した表現を Bさんが復号したとき、元の内容に戻る保証はない 例: = 𝑑𝐵 𝑒𝐴 (≠ )となる例 8
表現 内容 「ネコ」 復号(decode) = 𝑑𝐵 (「ネコ」) 符号化(encode) 「ネコ」 = 𝑒𝐴 ( )
符号化・復号と可逆性 恣意性があるため、Aさんが符号化した表現を Bさんが復号したとき、元の内容に戻る保証はない 例: グループトークで遊びの予定を決める場面 9 表現 内容 「何で来るの?」 (どの交通手段で
場所に来るのか?) (どうしてあなたが 来るのか?)(反語) 復号(decode) 𝑑𝐵 符号化(encode) 𝑒𝐴 (参考) 福井県「令和元年度 青少年のネット非行・被害対策情報 <児童・生徒向け第6号>」(2019) https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/kenan/nettohigaitaisaku1.html 国立教育政策研究所「令和3年度 全国学力・学習状況調査 中学国語 第2問」(2021)
変換 • 変換(convert/transcode/transform): ある表現に別の表現を対応付けること • 表現𝛼に表現𝛼′を対応付けることを𝛼′ = 𝑐(𝛼)と表す • 変換の例:
圧縮・暗号・基数変換・翻訳・図解・… (明瞭な規則に従う変換と、そうでない変換がある) 10 表現 内容 「ネコ」 「にゃんこ」 変換(convert) 「にゃんこ」 = c(「ネコ」) ※ここでいう変換のそれぞれの向きに「符号化」や「復号」という用語を使う場合があるが、 ここではあくまで、「符号でないものを符号(code)にすること」を「符号化(encode)」と呼ぶこととする
変換と可逆性 • 可逆な変換: (例: 可逆圧縮) 変換後の表現から元の表現に戻せる変換 • 非可逆な変換: (例: 非可逆圧縮)
可逆でない(元に戻せない)変換 11 表現 内容 𝟎𝟏𝟏(𝟐) 𝟑(𝟏𝟎) 13(10) = c2→10 (011(2) ) ※厳密な定義は、変換𝑐が可逆であるとは、任意の表現𝛼に対してc′ 𝑐 𝛼 = 𝛼となるような変換𝑐’が 存在するということである。この変換𝑐’を𝑐の逆変換(inverse)と呼び、𝑐−1と表記することが多い。 011(2) = c10→2 (3(10) )
本日の内容・目標 社会における中核的な概念となる、 • 「符号化・復号・変換の定義」 • 「コミュニケーションのモデル」 …を学ぶ 12
コミュニケーション(communication) • 語源はラテン語の動詞「communicare」 (「与える」「共有する」などの意味) • 一般的には、「意思疎通」「情報伝達」のこと • 古典的な訳語は「通信」だが、日本語の「通信」 は生命間のやりとりではなく機械間のやりとりに 使うことが一般的なので、訳語として適切でない
• カタカナ語の「コミュニケーション」という表現を そのまま使うことが一般的 13
情報源(送信者)から受信者への経路を示すモデル • Shannonの情報理論を元にして図解したもの • ただし、Shannonの情報理論は、あくまで機械に よるデータ(機械情報)の処理についての理論 • 内容(意味)の伝達について考慮していないので、 生命間のコミュニケーションをWeaverのモデル で捉えることは適切でない(西垣(2004))
情報の伝達: Weaverのモデルとその問題点 14 (参考) W.Weaver(1949)「通信の数学的理論への最近の貢献」p.22 (Shannon, Weaver『通信の数学的理論』(植松訳)所収), 西垣(2004)『基礎情報学』p.41-50 メッセージ 情報源 送信機 受信機 受信者 雑音源 メッセージ 信号 信号
情報の伝達: そもそも可能であるのか? 「情報を伝える」ということ: ×: 「表現(データ・機械情報)を」伝える ◦: 「表現だけでなく内容も」伝える 「内容を伝える」ことは可能なのか? • 生命情報・社会情報(=内容)は、
それぞれの生命の内部にしか存在しない • 「情報が伝わっている」というのは、あくまで 送り手と受け手の「思い込み」で、厳密には不可 • コミュニケーションはあくまで、送り手と受け手が 「伝わっている」と思い込んでいることで成立 15
受け手B 送り手A 情報の伝達: Luhmannのモデル 16 (参考) 大西ら(2016)「コミュニケーション・情報・メディアの統合モデルに基づく教育実践」 http://www.scribd.com/doc/299911454 生命情報 (𝜀,
𝛽) 生命情報 (𝜀, 𝑑𝐵 (𝑒𝐴 𝛽 )) 1. 情報の選択 2. 表現の選択 3. 理解の選択 4. 理解の受容の選択 次のコミュニケーションに継続 or コミュニケーションが断絶 社会情報 (𝑒𝐴 (𝛽), 𝛽) 符号化(encode) 社会情報 (𝑒𝐴 (𝛽), 𝑑𝐵 (𝑒𝐴 𝛽 )) 復号(decode)
情報の伝達: Luhmannのモデル 1. 情報の選択: 送り手𝐴により生命情報(𝜀, 𝛽)が選択される 2. 表現の選択: 送り手𝐴により、 生命情報から社会情報に符号化される
(𝜀, 𝛽) ⟼ (𝑒𝐴 (𝛽), 𝛽) 3. 理解の選択: 受け手𝐵により、 機械情報から社会情報に復号される (𝑒𝐴 𝛽 , 𝜀) ⟼ (𝑒𝐴 (𝛽), 𝑑𝐵 (𝑒𝐴 𝛽 )) 4. 理解を受け容れるかどうか(理解の受容)の選択 受け手𝐵により生命情報として取り込まれる 17 ※受け手𝐵が観測できるのは機械情報(送り手Aの内部にある社会情報は観測できない) ※恣意性があるため、𝑑𝐵 𝑒𝐴 𝛽 = 𝛽になるとは限らないことに注意
受け手B 送り手A 情報の伝達: Luhmannのモデル (例) 18 き、気付かないフリ… 1. 情報の選択 2.
表現の選択 3. 理解の選択 4. 理解の受容の選択 「月が綺麗 ですね」 (これはもしや …告白?)
情報の伝達: Luhmannのモデルと継続・断絶 Luhmannのモデルの特徴: • 符号化・復号の前後にあたる部分を含むモデル • この4つの選択を1つのコミュニケーションとする このコミュニケーション(4つの選択)の後に、 次のいずれかが生じる •
コミュニケーションが継続: 次のコミュニケーションに続く • コミュニケーションが断絶: 次のコミュニケーションに続かない 19 (参考) N.Luhmann(1993)『社会システム理論 上』(佐藤訳) p.218-220, 230-232, N.Luhmann (1992)「What is Communication?」doi:10.1111/j.1468-2885.1992.tb00042.x
情報の伝達: Luhmannのモデルと継続・断絶 𝑃1 : 「情報の選択」が成功 𝑃2 : 「表現の選択」が成功 𝑃3 :
「理解の選択」が成功 𝑃4 : 「理解の受容の選択」が成功 …と定義すると、 コミュニケーションが成功/継続 ⇔ 𝑃1 ∧ 𝑃2 ∧ 𝑃3 ∧ 𝑃4 コミュニケーションが失敗/断絶 ⇔ 𝑃1 ∧ 𝑃2 ∧ 𝑃3 ∧ 𝑃4 ⇔ 𝑃1 ∨ 𝑃2 ∨ 𝑃3 ∨ ഥ 𝑃4 ⇒ コミュニケーションが(意図せず)断絶する場合、 4つの選択のいずれかで問題が生じている 20
(参考) Niklas Luhmann (1927-1998) • ドイツの社会学者 • 社会システム理論 • 生命と似た自律的な
システムとして社会を 捉えるモデルを提案 • いくつかの選択から なるコミュニケーショ ンのモデルを提案 • メディア概念を一般化 (成果メディア・次回) • 包摂と排除 • 社会の機能分化 21 (出典) Wikimedia Commons「File:HSGH 022-000941 Niklas Luhmann (cropped).png」 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:HSGH_022-000941_Niklas_Luhmann_ (cropped).png
情報の伝達: Luhmannのモデル 1. 情報の選択: 送り手𝐴により生命情報(𝜀, 𝛽)が選択される 2. 表現の選択: 送り手𝐴により、 生命情報から社会情報に符号化される
(𝜀, 𝛽) ⟼ (𝑒𝐴 (𝛽), 𝛽) 3. 理解の選択: 受け手𝐵により、 機械情報から社会情報に復号される (𝑒𝐴 𝛽 , 𝜀) ⟼ (𝑒𝐴 (𝛽), 𝑑𝐵 (𝑒𝐴 𝛽 )) 4. 理解を受け容れるかどうかの選択 受け手𝐵により生命情報として取り込まれる 22 ※受け手𝐵が観測できるのは機械情報(送り手Aの内部にある社会情報は観測できない) ※恣意性があるため、𝑑𝐵 𝑒𝐴 𝛽 = 𝛽になるとは限らないことに注意 送り手と受け手の間に 何かが必要なのでは?
本日の内容・目標 社会における中核的な概念となる、 • 「符号化・復号・変換の定義」 • 「コミュニケーションのモデル」 …を学ぶ 23
次回の内容・目標 送り手と受け手を媒介する、 • 「伝播メディアの定義と例」 • 「成果メディアの定義と例」 …を学ぶ 24
本日の課題 (任意) 1. 身近なコミュニケーションを例として、4つの選択 のそれぞれで問題が生じている事例を、1つずつ 挙げましょう 2. 受け手による「理解の選択」で問題が生じないよ うにするため、送り手は「表現の選択」の時点で どのように工夫すればよいかを考えましょう
25 ※この講座では、課題の提出やフィードバックなどを行う予定はありません。
参考文献 • 大西「情報学基礎 補助資料」第2章・第4章 https://info-programming.github.io/ informatics/ • 西垣(2004)『基礎情報学』(NTT出版) ISBN:4757101201 ※絶版
• 西垣(2012)『生命と機械をつなぐ知――基礎情報学入 門』(高陵社書店) ISBN:4771109958 ※2022年に藝術学舎より再販 • C.Borch(2014)『ニクラス・ルーマン入門―社会システ ム理論とは何か』(新泉社) 庄司訳 ISBN:4787714066 https://www.shinsensha.com/books/509/ 26 (画像素材の出典) acspike「male user icon」https://openclipart.org/detail/4749 dagobert83「female user icon」https://openclipart.org/detail/1646