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複数事象の比較を通した仮説設定の段階的指導の効果 中学校理科「電流とその利用」の単元を例に

 複数事象の比較を通した仮説設定の段階的指導の効果 中学校理科「電流とその利用」の単元を例に

2021年10月30日(土)
理科教育の学習会
発表資料

佐久間直也

October 30, 2021
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Transcript

  1. 自己紹介 佐久間 直也(Naoya Sakuma) ▪ 専門 理科教育,科学教育,物理教育,化学教育 ▪ 経歴 2012-2016

    東京学芸大学 A類理科撰修 2016-2020 東京都公立中学校 教諭(理科・多摩市) 2020-2021 (情緒障害・巡回拠点・北区) 2021-現在 筑波大学附属中学校 教諭 ▪ 理科教育について勉強している場 ・若手の会(理科勉強会) ・仮説設定勉強会 ・共同研究者(広島大学大学院 中村大輝)との打合せ ・アサリ会(阿佐ヶ谷で理科を学ぶ会) # E-mail [email protected] # twitter @sakunao_rika # HP(準備中) https://z- educationlab.com 2
  2. 研究の背景 ▪ 仮説設定の必要性 ◍ 科学的探究で、問いや仮説を設定することが求められる。(Bell et al.,2005) ➣ 教師が一方的に課題を提示 生徒が主体的に課題や仮説を設定

    ▪ 仮説設定の課題(Rachelson,1977) 3 科学的探究 仮説の生成 お互いに補完し合っている 仮説の検証 科学教育 仮説の生成 仮説の検証 仮説の生成が重要視されていない
  3. 仮説設定の研究動向 ▪ 仮説設定の指導法(中村・雲財・松浦,2018) ◍ これまでの研究で、主に3種類の指導法が提案されてきた。 2.共有化 〇 複数の仮説や観点が共有されている × 仮説の立て方が共有されているわけではない

    ▪ 仮説設定の定義(中村・松浦,2018) 目の前の問題状況に対する暫定的な説明の構築 3.段階的な思考 4QS 〇 仮説の立て方が明確で、どこで躓いたかがわかる × 学習者の思考過程を基盤としていない 1.評価規準の提示 〇 良い仮説の規範が示されている × 仮説の立て方を示していない 指導法の開発 1.学習者の思考過程に沿ったものにする。 2.仮説の立て方を共有する。 (福本・白神・木下,2012;Quinn and George,1975) (宮本,2014;宮本,2016) (Pouler and Wright,1980) (Cothron, Giese, and Rezba,2000;小林・永益,2006;金子・小林,2010;金子・小林,2011) 4
  4. ▪ 仮説設定の思考過程(中村・松浦,2018をもとに作成) 仮説設定の指導法の開発 事象との出会い 仮説の 文章化 従来 事象との出会い 変数の 見出し

    因果関係 の検討 仮説の 文章化 段階的指導 複数事象の比較 本研究 事象との出会い 変数の見出し 因果関係の検討 仮説の文章化 目標・方向性の 確認 5
  5. 理科の授業で大切にされてきたこと ▪ 理科の予算が取れません。どうしたらよいですか? ◍ 音楽の授業では歌を歌う,体育の授業では運動する,理科の授業では観察・実験を行う。 ➣ 観察・実験のない授業はありえない。 ▪ 効果があるとされてきた指導法 ◍

    授業の導入時に実物を提示する。 ◍ 教師の説明で終えるよりも,生徒による観察・実験を重視する。 6 ① 自然科学は,自然の事物・現象を対象とする学問である。 ② 中学校の理科の授業で,生徒に科学の方法を身に付けてほしい。 ➣ 自然の事物・現象との出会いが,学習のスタートである。
  6. 教科書のつくり ① 事象との出会い ② 変数の見出し ・現象の確認 コインが見えた ・原因の確認 水の存在 ③

    因果関係の検討 水が入ることで、コインが見える。なぜなら、… ④ 仮説の文章化
  7. ▪ 仮説設定の思考過程(中村・松浦,2018をもとに作成) 仮説設定の指導法の開発 事象との出会い 仮説の 文章化 従来 事象との出会い 変数の 見出し

    因果関係 の検討 仮説の 文章化 段階的指導 複数事象の比較 本研究 事象との出会い 変数の見出し 因果関係の検討 仮説の文章化 目標・方向性の 確認 8
  8. 調査デザイン ▪ 実験群と統制群を設け、群間で異なる指導法を実践し、授業時の様子や学習到達度を比較する。 ➣ 仮説設定を段階的に分けるか否か ▪ 調査対象 国立大学附属中学校第2学年の生徒 164 名(実験群:2学級

    82 名、統制群:2学級 82 名) 中学校第2学年 エネルギー領域「電流とその利用」 全5時間 事象との出会い 仮説の 文章化 従来 10 事象との出会い 変数の 見出し 因果関係 の検討 仮説の 文章化 段階的指導 複数事象の比較 本研究
  9. ▪ 生徒の学習状況 電流と電圧の関係,オームの法則は学習済。抵抗の大きさがどのような要因で決まるか未学習。 ➣ 金属線の長さ、太さ、種類 ▪ 「電流とその利用」 単元全体の指導の概要 時 実験群

    統制群 1 ・仮説設定の事前指導(複数事象の比較,変数の見出し,因果関係の構築) ・事前の理解度(調査問題1) 2 ・金属線に流れる電流の大きさが違う現象に対する仮説設定(WS) ・検証計画立案 本研究の提案する新しい仮説設定の指導法 従来通りの仮説設定の指導法 3 ・検証実験の実施,結果の整理,分析・解釈 4 ・発表活動,学習のまとめ 5 ・事後の理解度(調査問題2),仮説設定における授業アンケート 12
  10. 複数事象の提示 電流計の値 電圧計の値 金属線の形体 具体的な仮説設定の場面 1.変数の見出しの段階 0.2 A 1.1 A

    1 V 1 V φ0.2 mm,20 cm Φ1.0 mm,100 cm 銀色 金色 事象の違い(従属変数)への気づき ➣ 事象間で電流の大きさが異なる 原因(独立変数)への気づき ➣ 金属線の長さ,太さ,種類が違う。 事 象 A 事 象 B 13 金属線(抵抗)
  11. 具体的な仮説設定の場面 何が関係しているか(原因) 1.金属線 の 長さ 2. 太さ 3. 種類 どのように関係するのか

    ① 金属線の長さが長いほど、電流が流れやすくなる。 ② 金属線の太さが太いほど、電流が流れやすくなる。 ③ 金属線の種類が変わると、電流の流れやすさが変わる。 14 仮説の文章化 2.因果関係の検討の段階 なぜ関係するのか ① 金属線が長さが長いほど、一度に流れる電流の量が増えるため、電流が流れやすくなる。 ② 金属線の太さが太いほど、電気の通り道が広くなるため、電流が流れやすくなる。 ③ 金属線の種類が変わると、金属固有の性質があるため、電流の流れやすさが変わる。 複数立てた仮説の中から、自分が探究したい仮説を選択する。
  12. ▪ 測定方法 調査問題1:平成30年度 全国学力・学習状況調査(国立教育政策研究所,2018)の中学校理科の調査問題 調査問題2:電流と電圧の関係の理解度を測定する調査問題を新たに開発 効果検証の方法 実践前 実践中 実践後 1.事前の理解度

    〇(調査問題1) → 差がないと予測 2.事後の理解度 〇(調査問題2) → 差があると予測 3.仮説設定の質 〇(WS記述分析) 4.授業時の学習活動 〇(録画) 〇(アンケート) 15
  13. 仮説設定の質 ▪ 仮説設定の評価基準(Arnold et al.,2018;中村・雲財,2018) 0点 1点 独立変数 独立変数が不明確 or

    記述されていない。 独立変数が明確に特定されている 従属変数 従属変数が不明確 or 記述されていない。 従属変数が明確に特定されている 因果関係 変数間の因果関係が不明確 or 記述されていない。 変数間の因果関係が明確に示されている(1点) 因果関係が妥当(2点) 代替仮説 仮説を検討していない。 複数の仮説を検討している。 ▪ 生徒の記述と評価の例 A.金属線の長さが長いほど、電流が通る距離が長くなるから、 流れる電流の大きさが大きくなるのではないか。 B.金属線の長さ、太さが違う。 (点) A B 独立変数 1 0 従属変数 1 0 因果関係 2 0 代替仮説 16
  14. 結果および考察 1.評価項目の基礎集計 〇 指導法の効果は有意であった。 ➣ 群間の差は決して大きくないものの、 実験群の方が事後の理解度が高かった。 ➣ 仮説設定の質について、群間差は有意 であった。

    表 各群の平均値(標準偏差) 評価項目 実験群 統制群 事前の理解度 3.59 (0.62) 3.64 (0.63) 事後の理解度 2.49 (1.34) 2.08 (1.32) 仮説設定の質 4.59 (0.70) 2.47 (1.51) 2.単元実施後の授業アンケートの分析 〇 実験群で2つの事象の比較や段階的な指導の分かりやすさについて言及する生徒が多くみられた。 ・ 実験群では提示された事象から、統制群では既有の知識や過去の経験から仮説を設定しようと した姿がみられた。 ◍ 提案する指導法は、単元の理解度や仮説設定の質に有効であった。 17
  15. 結果および考察 3.仮説設定の質の基礎集計 〇 各観点において、実験群の方が高かった。 〇 因果関係,代替仮説で群間に大きな差が見られた。 ➣ 変数が明確になった状態で話し合いをしたことが 因果関係の検討,仮説の文章化に有効だった。 4.実験群の生徒が因果関係で出した考え

    表 各群の平均値(標準偏差) 評価項目 実験群 統制群 独立変数 0.96 (0.19) 0.76 (0.43) 従属変数 0.93 (0.24) 0.73 (0.44) 因果関係 1.74 (0.49) 0.33 (0.73) 代替仮説 0.99(0.11) 0.64(0.48) 1.知識,経験を活用した説明 ・抵抗の大きさ ・合成抵抗 ・電流と発熱 ・密度 ・素材固有の値 ・オームの法則 2.モデルを活用したもっともらしい説明 ・電気が流れる距離(道)・断面積(幅) ・一度に流れる量,時間 ・水道管モデル ・針穴モデル ・消耗説 18
  16. 事後アンケートの結果および考察 5.仮説設定における生徒の躓き ◍ 実験群 ① 変数間の場合分け ➢ 結果の見通しがもてない,どちらでもよい ② 既有知識を根拠として仮説を記述する方法

    ◍ 統制群 ① 仮説の構成要素 ② 原因の特定 〇 仮説を選択する過程 ➢ どの仮説を選択するのか、その理由, 現象に複数の原因が関わっているはずだが、一つに選択しなければいけない ◍ 提案する指導法によって、仮説設定のどの段階で躓いたか明確になった。 19
  17. 成果と課題 1.成果 ① 開発した指導法が、単元の理解度,仮説設定の質に有効であった。 ② 授業時の学習活動より、仮説設定のどの段階で躓いたかが明確になった。 2.課題 ① 仮説設定能力の向上 ➢

    望ましい仮説設定,よりよい仮説を教師と生徒で共通理解をする必要がある。 ※ 授業時の教師‐生徒,生徒‐生徒の対話が重要。 ② ワークシートの改良 ➢ 段階的な指導では記述量が 増 → 生徒の負担 増 ➣ 記述量 減 → 生徒の負担 減 を目指したワークシートの開発 20
  18. 参考・引用文献 21 1.Bell, R., Smetana, L.K., & Binns, I. (2005).

    Simplifying Inquiry Instruction: Assessing the Inquiry Level of Classroom Activities. The Science Teacher, 72, 30. 2.Rachelson, S. (1977). A question of balance: A wholistic view of scientific inquiry. Science Education, 61(1), 109–117. 3.文部科学省(2018).中学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説 理科編 4.小林和雄(2007)「理科学習における仮説設定能力を高める指導 ーチャレンジング・シチュエーションの設定を中心としてー」 『教育実践学研究』第 11 号,13–23. 5.中村大輝・松浦拓也(2018)「仮説設定における思考過程とその合理性に関する基礎的研究」 『理科教育学研究』第 58 巻, 第 3 号, 279-292. 6.中村大輝・雲財寛・松浦拓也(2018)「理科の問題解決における仮説設定の研究動向」『理科教育学研究』第 59 巻, 第 2 号, 183-196. 7.Pouler, C.A., & Wright, E.L. (1980). An analysis of the influence of reinforcement and knowledge of criteria on the ability of students to generate hypotheses. Journal of Research in Science Teaching, 17(1), 31–37. 8.宮本直樹(2014)「中学校理科における仮説設定とデータ解釈との関連:―因果関係を踏まえた仮説の共有化,洗練化に着目して―」 『理科教育学研究』第 55 巻,第 3 号,341–350. 9.宮本直樹(2016)「科学的探究における仮説設定がデータ解釈に及ぼす効果―中学校第 2 学年「唾液のはたらき」を事例にして―」 『科学教育研究』第 40 巻,第 2 号,234–240. 10.福本伊都子・白神聖也・木下博義(2012)「高等学校生物における仮説論述力の育成に関する事例的研究」『臨床教科教育学会誌』第 12 巻, 第 1 号,33–40. 11.Quinn, M.E., & George, K.D. (1975). Teaching hypothesis formation. Science Education, 59(3), 289–296. 12.Cothron, J.H., Giese, R.N., & Rezba, R.J. (2000). Science Experiments and Projects for Students.Kendall/Hunt Publishing Company, 21–35. 13.小林辰至・永益泰彦(2006)「社会的ニーズとしての科学的素養のある小学校教員養成のための課題と展望―小学校教員志望学生の子どもの頃の理科学習に関する実態 に基づく仮説設定のための指導法の開発と評価―」『科学教育研究』第 30 巻,3 号,185–193. 14.金子健治・小林辰至(2010)「The Four Question Strategy(4QS)を用いた仮説設定の指導が素朴概念の転換に与える効果―質量の異なる台車の斜面上の運動の実験を例 として―」『理科教育学研究』第 50 巻,第 3 号,67–76. 15.金子健治・小林辰至(2011)「The Four Question Strategy(4QS)に基づいた仮説設定の指導がグラフ作成能力の習得に与える効果に関する研究―中学校物理領域 「力の大きさとばねの伸び」を例として―」『理科教育学研究』第 51 巻,第 3 号,75–83. 16.国立教育政策研究所(2018)「平成30年度全国学力・学習状況調査解説資料 中学校理科」https://www.nier.go.jp/18chousa/pdf/18kaisetsu_chuu_rika.pdf 17.Arnold, J. C., Boone, W. J., Kremer, K., & Mayer, J. (2018). Assessment of Competencies in Scientific Inquiry Through the Application of Rasch Measurement Techniques. Education Sciences, 8(4), 184. MDPI AG. 18.中村大輝・雲財寛(2018)「仮説設定能力の評価方法に関する基礎的研究」『科学教育研究』第 42 巻, 第 4 号, 314-323.